第8話 最強の応援団を携えて
僕達は本球場バックネット裏の観戦席で早い昼食をとっていた。
朝はどんよりと曇っていた空模様も、今では雲が押し流され、夏特有の強い日差しが降り注いでいる。
僕達のBブロックより少し遅れてスタートした、Aブロックのさつきが丘小と南押原小の試合は、今まさに佳境。最終回、3対1でリードしたさつきが丘が最後の守備につく。
マウンドに立つ長身の少年が左手を振り下ろすと、ズドンと大砲でも放たれるかのような音が鳴った。
僕は食い入る様に相手ピッチャーを観察する。
「アンタ、そんな顔して食べてたら、ご飯が不味くなるわよ」
そう言ってアオイはセッセと弁当のピーマンを器用に省き、僕の弁当箱に移していた。
「良く決勝を前にして。そんな事言えるね」
僕はピーマンを返上する。
「そーゆーのは、ケンゴに任せとけば良いのよ」
そう言って、顎を突き出すよにして、僕の視線をケンゴに移した。
ケンゴは弁当を膝の上に置き、使い古したスコアブック片手に、集中して書き込んでいる。たまに、集中し過ぎて、鉛筆でご飯をほじくり焦って箸に持ち替える始末だ。
「アイツこそ、ちゃんと食わした方がいいんじゃないの?」
そう言って、いつの間にか置かれたピーマンを返そうとすると、アオイは食べ終えた弁当の蓋を閉めた。
「あの子はいいのよ。楽しんでるんだから。アンタも少しは野球を楽しんでみたら。」
アオイは勝ち誇った顔でスタスタと歩いていく。
(野球を楽しむかぁ、、、)
僕は行き場の失ったピーマンを口に含んだ。
苦い。
めいめいが食事休憩をとるなか、僕らは早めにアップを始めた。
本球場の回りを一周ぐるりとゆっくりジョグし、ストレッチを念入りに行う。
「おぅ、シンジ。ナイスバッチ。アレでいいんだよ。決勝もセンター返し忘れるな。アオイちゃんもナイスピッチ。」
そう父が告げるとアオイは頭を下げた。
父に二人きりの所を見られるのは、なんだか恥ずかしい。くすぐったい気持ちだ。
「青木先生〜。」
甘い声。たぶん、父の教え子。さつきが丘小の子で間違えないだろう。さつきが丘小は宇都宮の近くで、近隣は都市開発の最中。何処となく垢抜けた雰囲気が、ちょっと僕らとは違うなと感じた。
お淑やかな女子と活発そうな女子、2人が父に挨拶し、僕も父の息子として紹介される。互いにぎこちなく頭を下げた。微妙な空気を察して、父が女子生徒に声をかけた。
「お前らも高柳が目当てか、急がないと他の学年の女子も来てたぞ」
「大丈夫ですよ。ミキはコウちゃんの正式な彼女でキスまでしてますから、ねぇー。それに私は先生一筋ですよ」
活発な女子生徒は息子の見てる前で、父に熱烈ラブコールを送ると、自分の恋愛を赤裸々に暴露された女子生徒は真っ赤な顔を押さえて走り去っていった。
「いつまで、見てんのよ。ほら、ベンチ入りするわよ。」
僕はアオイに腕を引っ張られ、かたや父はポニテの似合うミニスカ女子に腕をギュッと抱かれて。神様って、絶対平等じゃないよね。
「シンジはさ。あーゆー娘がタイプな訳。」
「なんだよ。藪から棒に。別にタイプじゃねーよ。」
「じゃあ、どんな娘がいいのよ。」
僕とアオイは野手に混じり外野の芝生でキャッチボールをしていた。野手が引き上げて、外野でノック始めるらしく僕達も引き上げる。
「アオイー、がんばれー。あっ青木君も。」
学校から運動場が近いこともあり、決勝戦まで勝ち上がったと聞きつけてやってきたクラスメイト達。
アオイはクラスでも人気の存在だった。
にしても、青木くんもって追加感が否めない。僕はオマケかよ。
外野のノックは、父がやってくれるみたいで、背広を脱いで、細いノックバットを振っている。こういう自由な所は地方少年野球の良いところかも知れない。
「きゃー、先生、上手。」
父は相手の応援スタンドから、ありったけの黄色い声援を受けながら、野手を手前に、外野手を奥に分けてノックを始めていた。
「で、何の話しだっけ?」
「何でもない!」
アオイの強気な口調に、僕はたじろぐ。
「お、おぅ。じゃあ、ブルペン行くか。」
「嫌よ、あんな辛気臭いところ。此処で充分だわ。」
アオイはそう言って、ベンチ裏手のブルペンではなく、ベンチ前で投げ込みを始めた。
決勝の時間が近づくに連れて、人が集まって来る。相手応援席には、ベンチ入り出来なかった少年たちが太鼓を叩きながら、大声で応援している。
そんな中、味方応援席も、ヨシユキの父親が何処からか借りてきた祭囃子の大太鼓を叩き、負けじと応援合戦を繰り広げていた。
女性の綺麗な声のアナウンスが入り、ノックの指示を促す。まずは、先攻のさつきが丘がシートノックを開始する。
広島カープのような、上下赤と白のストライプのユニフォームには、胸にSatsukiと筆記体で書かれ、右肩にあるサツキの花をモチーフにしたロゴが今風でとてもお洒落だ。帽子やアンダーシャツ、ストッキングまで赤に統一されている。
入れ替わりで後攻の僕達もシートノックを行う。白のみの昔ながらのユニフォームに胸には南摩と黒文字に紫の縁取り、帽子やアンダーシャツは勿論クロだ。
父は昔から少し出しゃばりたがる悪癖がある。黄色い声を浴びながら、僕に渡されたボールを起用に打ち分け、そんな父を母はベンチで温かく見守っていた。
あ〜〜〜〜っと、大きなサイレンの音が試合開始を告げる。
先頭バッターは高柳。最初から投手戦になる事を予想して、一回でも多く高柳にチャンスを回す為だろう。
アオイは大きく振りかぶり投げた。二試合目だというのに球威の衰えを見せない良い球だ。コースも悪くない。
ならなぜ?
初球、外角低めに流れるようにストライクゾーンに入ってくるキレのあるストレートは、ピンポン球のように弾かれ、センターの遥か上空を通り過ぎると、夏の入道雲の中に吸い込まれて行った。
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