第2話 先制点を狙え
一回の裏。
バッターに叩きつけられたボールは大きくバウンドし、夏の青々とした空を、入道雲と並び優雅に泳ぐ。
ボールが暫し空中浮遊を楽しんだ後、サードのグラブに収まった。サードは素早いバッターランナーの前に右腕を振るうことが出来なかった。
我が南摩小野球部一番バッター、御子柴兄のユウキは、平然と一塁ベースを踏んでいた。
ノーアウト、ランナー1塁。
一回の裏、是が非でも先制点を取り、流れを引き寄せたい。
2番バッターは、弟のタツヤ。
この兄弟は守備でもそうだが、攻撃でも息を合わせる。ユウキは大きくリードを取り相手ピッチャーの動揺を誘い、タツヤはバントの構えをしたまま引っ込めたり、出したりを繰り返して、内野を翻弄していた。
ワンストライク、ツーボール。
ここで、チームの司令塔、ケンゴが動く。
右手で帽子のツバを触ると、体の様々部分を触り、最後に左手の甲を触る。
バントのサインだ。
ケンゴは選手兼監督の役を担っている。別に監督がいないわけではない。ただ監督はズブの素人、ウチのおかん。
少年野球は学校の先生ではなく、保護者で話し合い、保護者の中から選ばれる。もちろん最初から母が推薦された訳ではない。さすがの母でもそこまで図太くは無い。
最初は野球経験もあり南摩小学校の教員を務めていた父が選ばれた。しかし、急な転勤(転勤と言っても近隣のさつきが丘小学校だが)によって急遽ピンチヒッターを任されたのがウチの母だった。
しかし、息子ながら言うのもどうかと思うが、ユニフォームを着ると案外サマになっているから不思議だ。母にも衣装?とは良く言ったものである。
母はバンドのサインが出てることも知らず。
「かっ飛ばせー!」
と大声で叫ぶ。もし、これが少しでも陽動に繋がっていて、本人が知っててやっていたのなら、ささやき戦術の野村克也もビックリのところだ。
しかし、本人は至って真面目で、「かっ飛ばせー。」と「ドンマイ」の2つしかないボキャブラリーでチームを盛り上げている。
その声援に応えるかのように、タツヤは得意のバンドで兄、ユウキを2塁に送った。
ワンアウト、2塁。
得点圏にランナーを進め、バッターは3番。キャプテンのコウキ。
4番の僕はヘルメットを被り、SSKの父に買ってもらったバットを携えて、バッティング手袋を着けながら、ネクストバッターサークルに腰を落とした。
コウキは身長こそ標準だが、体重は一般よりやや重い。それは単に脂肪で重いのではなく、桁違いの筋肉量にある。
以前、コウキにウチの野球部は守備練習と攻撃練習のどちらに力を入れるべきか?と疑問を投げた時、彼は迷わず、クソ真面目な顔で「筋トレだ!」と言い放った。
皆は噴き出して笑ったいたが、言い放っただけあって、かなり体格は仕上がっている。スラッガーとしてなら彼の方が僕より一枚上手かも知れない。しかし、彼には力み症と言う、タチの悪い癖があった。
ツーストライク、ワンボール。
追い込まれたコウキは高めのボール球を降らされると、内野フライで呆気なく討ち取られた。
ツーアウト、ランナー2塁。
僕はゆっくりとバッターボックスに入り、トントンとホームベースをバットの先で軽く叩く。右の軸足の地面をガリガリと削り、足を固定させ、一度バットの先をセンタースタンドに向けてから構える。
別に予告ホームランを狙っている訳ではない。何となく威厳をだし、雰囲気に呑み込まれない為の自分なりの気持ちの持って行き方だ。
僕は前に向けていたバットを戻し、どっしりと構える。膝を軽く曲げ、やや肩を落とす意識をしてリラックスを作る。
バットを寝かせ、ゆっくりと重心を軸足に持っていき、左肩に顎を乗せるようにして、両目で相手ピッチャーを睨みつけた。
相手ピッチャーはセットポジションからスリークウォーターでボールを放つ。体重の乗った重い球が真っ直ぐな起動でミットに収まり、パシッと気持ちの良い音を奏でた。
「ぼーぅ。」
主審が自信を持って声を上げる。
外角低めに意図して、ボール一個分外す制球力。そして、小柄な体格とは異なる体重の乗った重い球。コウキが打ち負けるのも理解出来る。
一試合を投げ抜いても劣らない、底知れないスタミナ。これは、打ち砕くしか突破口はない。
2球目、腕から振り下ろされる速球は、僕の懐目掛けて放たれる。内角低めギリギリいっぱい。大したコントロールだ。バットの芯でボールを捉えるも、痛烈な打球は左に逸れファウルになる。
ワンストライク、ワンボール。
重いストレートだった。芯で捉えたのに手がジンジンする。
しかし、腕と体重移動だけで投げるピッチャーには弱点がある。緩急を投げる際に独特の違和感が出ると言う事だ。
少年野球は肘や肩の故障を防ぐため、変化球が禁じられている。要するに、持ち玉は速球とスローボールに絞られる。
アオイのような体まで使って投げるタイプは体と連動して腕がしなるが、腕だけで投げるタイプは体に遅れるように腕が出てくる違和感が出てしまう。
そして、僕はそれを見逃さない。
スローボールと分かっていれば、引きつけて叩くだけだ。しかも、バッテリーは勝負を急ぎストライクゾーンへとその緩い球を放ってきた。
鋭い金属音と共にボールは左中間を抜ける。
僕は二塁まで進み、見事、一回裏に先制点を獲得する事が出来た。
出来れば、追加点を狙いたい。5番バッターには、5年生ながらに体格の恵まれた、今季ズバ抜けて絶調子の、スラッガーを起用したのだから。
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