第3話 追加点を狙え

 一点を先制して、

 なお、ツーアウト、ランナー2塁。


 5番バッター。今季、ノリに乗った大型新人、豊田とよだ 良太りょうた


 4年生ながら身長142cmにして体重は50kg後半とポッチャリの域を超えた、かなりの大型。

 恵まれた体格というよりは、行き過ぎた体格とも言えるかも知れないが、体重移動とバットコントロールに力を注いだ結果、チームのクリーンナップを担う程の存在に化けた。


 リョウタは初球からフルスイングでナインの声援に応える。内角を無理やり引っ張った当たりは相手、一塁側ベンチを強襲する。


 ワンストライク、ノーボール。

 あの重い球にも打ち負けない力強いスイングと、内外に関係なく対応できるバットコントロール。


 続く2球目はボール一個分外した外のストレート。リョウタは上手くカットしボールはバックネットを揺らす。


 ツーストライク、ノーボール。

 追い込まれても堂々とした風格。タイミングは合っている。何かやってくれそうな期待を持って、僕はリードを広めにとる。

 ツーアウト、ヒット一本で追加点が狙える。


 3球目。相手ピッチャーはランナーに目をくれず、また外に外したストレートを投げた。


 リョウタはボール球だか、やや浮いたストレートを強引にも、力でライト方向へ打ち返した。

 ボールはバットの先の方に当たったにも関わらず、セカンドの頭を超えライト前にポトリと落ちる。


 三塁コーチャーはぐるぐると肩を回し、僕は三塁ベースを蹴った。貴重な追加点と期待が膨らみ、必死で走る。

 しかし、結果はライトゴロ。足の遅さが仇となった。


 それでも、選手達から、落胆の声は漏れなかった。逆に笑い声が飛び交っていた。


「ナイスバッチ。」


 ドタドタと申し訳なさそうにグラブを取りに戻るリョウタに、ベンチからねぎらいの言葉が送られる。結果はどうあれ、技ありの一打であったことに変わりはない。


 一点先制した2回の表。少年野球は7回までと義務付けられている。7回の表まで、この一点を守り切れば勝ち進める。


 流れは先制したこちらの方に武があるが、その差は一点。いつ、ひっくり返されてもおかしくは無い。


 一点を追う、相手の先頭打者は4番。身長は160センチを有に超えている。体格もがっしりしていて、中学生、いや高校生を相手にしてる気分だ。


 投球練習が終わり、化け物級の小学生がバッターボックスに入ると、場を支配されている様な異様な空気感を肌で感じた。


 外野を後方に待機させ、内野も念入りに守備位置を調整する。すべてが整い、僕は静かにマスクを被り腰を下ろす。


 初級は外角低め、簡単に勝負には出られない。ボール一個分、外を要求する。

 アオイも、このピリつく空気を察し、ギアを一段階上げ、今までより、更にキレのあるストレートを放つ。


 ボールは流線型を描き、外角から外へとシフトするように流れ、キャッチャーミットに吸い込まれたボールが、スパンッとミットを鳴らし、夏の湿気を帯びた空気を震わす。


「ボール」


 バッターは微動だにせずに見送った。

 鋭い選球眼を持ってる。僕は一球で確信に至った。このバッターは只者ではない。


 ノーストライク、ワンボール。

 ノーアウトからの長打は避けたい。内角低めにミットを構える。唸る様なストレートにバットは空を切る。


「ストライーク!」


 主審の一声に安堵の息を漏らす。

 南摩小ナインの歓喜をよそ目に、相手バッターは冷静にバットを短く持ち直し、ピッチャーよりに立ち直す。


 内角責めに対する帳尻合わせ。

 化け物は頭まで回るのか。寒気がするくらいの恐怖が、バッテリーを襲う。


 ワンストライク、ワンボール。

 バッティングカウントに持っていくのは癪だが、外角のボール球で様子を見る。


 やはり、微動だにしない。

 選球眼が優れているのか、それとも、内角を待っているのか。次の球は、外角低めいっぱいの速球。


 アオイのキレのあるストレートを、いとも簡単に腕を伸ばし、追っつける形で綺麗にカットする。チッと小さな金属音と共にバックネットが揺れる。


 ツーストライク、ツーボール。

 化け物相手に勝負は急げない。アオイの制球力を信じ、僕は、カウントをフルに使う決心をする。


 外角低め、さっきより外に一個分外を要求する。ずば抜けた選球眼だ。たぶん、見逃してくる。審判がストライクと言えば儲けものだ。


 違和感のない身のこなしから弧を描くやまなりの緩急。バッターは体を崩されながらも腕だけでボールに触れると、ボールは三塁ベンチに流れた。


 ファールボール。

 追い込まれるとストライクゾーンを広めにとる。全く余念がない。化け物は、どこまでも化け物だった。しかし、ワンボール余裕がある僕達が、有利なことは変わらない。


 外角責めで頭は外を意識させ、さっきのスローボールでタイミングを狂わした。さぁ、フィナーレと行こうか。


 僕は内角低めに構える。バッターが空振りしてボールがミットに吸い込まれる感触が今にも伝わってくる。


 アオイはマウンドのロジンパックをポンポン弾き、滑り止めのついた指先をペロリと舐めた。唾液混じりの指先で白球を転がし、握りを確かめると、更にギアを一段階上げた渾身の一撃を放つ。ミット目掛けて投げられたストレートがバッターの懐を抉る。


「キーン!」


 4番の怪物は器用に肘を折りたたみ、コンパクトにバットを振り切ると、痛烈な打球が三塁ベース上空、ライン際を襲った。


 サードのコウキが飛びつくも、素早い打球に対応出来ず、ボールは白線を掠め外野を這うように進む。


「フェア」


 三塁塁審のジャッジが確実にヒットであることを告げる。後方守備をしていたレフトは急いで捕球に向かっていた。


 その間、バッターランナーは2塁を見据えて走り出していた。






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