最後の夏、最初の夏

ふぃふてぃ

地方大会編

第1話 ゼロで抑えろ

 彼女の投げた白球は、地面スレスレのところから弧を描く様にして、僕のキャッチャーミットに吸い込まれ、熱気と歓喜に包まれて、僕らの夏が始まった。


 シードで1試合をパスし、午後から始まった

僕らの夏。まず、最初の相手は東光スポーツ。6年生は2人。背の低いピッチャーと、小学生離れした背の高いファースト。この2人を主軸に残りは4、5年生で構成されている。6年生が少ないものの投打にバランスを取れたチームだ。


 午前の試合では接戦で南押原スポーツを下し、流れに乗っている。まずはこの流れを断たなければならない。そのためにも、彼女の力を見せつけてやる。


ウチのエースピッチャー、白峯しらみね あおいの力を。


 アオイはすらっと伸びた華奢な左足を軽く上げ、柔軟な体を前傾姿勢にもってくる。ステップをめいいっぱい開くと同時に、右の利き手を大きくテイクバック。


 体を低く前傾体勢のまま、全体重を左足に乗せ、ガシリと下ろすと、腕は肘からしなやかに流れ、地面スレスレからボールがリリースされる。


 右の軸足を力強く蹴り、しならせた腕が体に巻きつくくらいの大胆なフォロースルーを見せつけた。


 アオイの手元を離れ、遠心力を最大限に活かした速球は、右バッターを抉る様に内角を攻め、小柄な一番バッターは体を後ろにのけぞる。

 

 キレイに僕のミットに収まった白球は内角ギリギリいっぱい。


「ストライーック!」


 主審の勇ましい声に我が南摩なんまスポーツナインは沸いた。


 ツーストライク、ノーボール。

 追い込んだ次の一球。


 アオイはランナー無しでも、セットポジションから投球動作に入る。テンポ良く、相手に時間を与えず、出来るだけ自分のペースに持っていくための戦術だ。


 女の子と舐めてかかっていたバッターの動揺と、潜水艦の様に地面から浮き上がるバッターを幻惑するボールの起動。

 高めに外した速球はバッターを翻弄し、バットは大きく空を切る。


「ストライク、バッターアウト!」


 主審の野太い声に、小さくガッツポーズをするエースピッチャー。

 バッテリーは三球三振で、相手の出鼻を挫く事に成功した。


 弱小校に位置する南摩小学校野球部。少子化の影響で高学年が減り、新人までベンチ入り出来る程の少ない人数で大会に望んでいる。


 今年もそれは変わらない。キャッチャーの僕こと青木 真司しんじとピッチャーのアオイ、サードでキャプテンの山井やまい 光輝こうきの6年生は三人だけ。


 それでも今年は期待がかかる。ピッチャーのアオイがいる事もさることながら、他の守りもアツいからだ。


 アオイは持ち前の緩急と独特のサブマリン投法で低めボールを集める。左利きの2番バッターは流す形で素早いゴロが二遊間を襲う。


 二遊間を守るのは御子柴みこしば兄弟。ショートの結城ゆうきとセカンドの達也たつや。兄のユウキは5年生。弟のタツヤは4年生。2人とも素早い動きが得意で、息のあった守備と足を使ったプレーが特徴的だ。


 兄のタツヤは華麗なグラブ捌きで、勢いのあるゴロを止めると危なげなくファーストへスロー。ツーアウト目をあっさりとゲットした。


 3番バッター。相手打線もクリーンナップから体格が大きくなっていく。4番の前にランナーは出したく無い。


 センターの前橋 賢吾けんごが守備位置の指令を送る。ケンゴは5年生だが6年生の僕らより野球の知識が豊富で考えが深い。体はもやしのようにひょろっちいし、普段は根暗で大人しいくせに、頭脳戦となると人が変わったように目を輝かせる。一風変わり者だが南摩小野球部の司令塔の役を担う貴重な主力メンバーだ。


 力む3番バッター。低めのボールを無理やり遠くへ飛ばそうとした打球はレフトへ舞い上がる。彼の予想した落下地点で待機していたレフトは、難なくキャッチ。


 一回の表をゼロで抑えた。






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