No.84 作戦会議


 酔っ払いの男達を無理やり動かし、私は食堂を片付け始めた。ベンケは酔いが酷いのか全く使い物にならず、邪魔なので端っこで大人しく座ってもらっている。片付けをしているはずなのに周囲はとんでもなく慌ただしい。


 パリーン!! ガッシャーーーーン!!


 不穏な音がそこら中で響いている。

 皆が酔っているせいで、物は落とすし壊すし、片付けているのか散らかしているのか、すでに分からず、状況は混沌としていた。


「そこっ! そんな所で寝なーい! あぁぁぁっ!そんなところで吐かなっ、あぁー」


 駄目だ。これじゃ掃除の魔女が降臨できない。いや、もう一人で掃除した方が絶対早い。でも私の左手は包帯ぐるぐる巻きで自由には動かないし……。


「おいお嬢、アンタ、何してるんです?」


 後ろからぼそりと聞こえた声に振り返ると、ラドフが頭を掻きながら男たちの片付けを遠い目をしながら見ていた。


「かっ片付けです。これから、ここで作戦会議を開きたいので」


「ソレここじゃなきゃ駄目なのか?」


「あ……」


 確かに、言われてみればそうだ。

 ここじゃなくてもいいような……。

 部屋は沢山あるし。

 でも……


「駄目よ。私がここですると決めたんだから、この場所でするの。これは皆が私の我儘に何処まで従えるか。その試練でもあり、船長としての私と、この船員達との戦いなのよ」


 お、おお? 何かエリザベートが言いそうなこと言ってみると、それっぽく聞こえるような気がする? でも、そうか。なるほど、こうやってお貴族様は自分の揚足を隠すのか。


 ラドフは私をじっと見つめた後、どこか納得したように頷くと「なるほど、なら俺も手伝うか」と呟いた。


「? どうも……」


 料理のお礼を言った時の態度の悪さとは違い、随分と素直に手伝い始めたラドフに首を傾げながら、掃除の魔女降臨とばかりに私は片手でも片付けを始めた。


 ラドフの手伝いもあってか、手早く綺麗になっていく。

 色々壊したり大変だったけど、これなら作戦会議が開けそうだと目処が立った頃、自分の額に噴き出る汗を拭った。


「ありがとう、ラドフ。これでこの後作戦会議が出来るわ」


「それは良かった。それで、その会議ってのは俺も出ないといけないのか?」


「もちろんよ。貴方も私のファミリーだもの」


「ファミリー、ファミリーか。そうか……。分かった」


「うん。ファミリー。忘れないでね」


 ラドフの頬は染まりながら、それを隠す様に視線を逸らした。明らかに照れたその顔に私の頬が思わず緩む。なんだ、可愛いとこあるじゃないですか。ツンツンしている顔だけじゃなかった。これならきっとラドフ君と仲良くなれる気がする。


 ダイニングの掃除があらかた済んだあたりで、着替えを終えた侍女や使用人達がぞろぞろと集まり始めた。

 私の姿を見たヘレンが顔色を変えて私のもとへとやってくる。


「お嬢様、まさか、ここのお片付けをお嬢様が?」


「ええ、そうなの。私の我儘で」


「そんなっ、お嬢様が片付けなど……ああぁぁっ、お嬢様お許し下さい!」


「え? 何故ヘレン達が謝るの? これは私の我儘だと言ったでしょう? それよりも、さっ、皆座れるように、椅子を用意しましょう」


「お、お、お嬢様……」


「もぉー、ほら、早く椅子!」


「あ、はっはい」


 ヘレンは慌てて椅子を取りに向った。


 ん?


 見ると私の隣でラドフがクスクスと笑っている。


「どうしたの?」


「いや、ごめん。アンタ本当に貴族に見えないから、つい」


「え? 何処が貴族に見えないの!? 今さっき私の我儘っぷり見てなかった? この傲慢さ感じ取れない?」


 私は思わず、大きく手を振りかざしてアピールする。


「いや、残念だけど、全然……」


「えぇーーーー」


「そもそも、貴族は自ら片付けないぞ? 俺はてっきり指示するだけだと思っていた。まさか指示よりもアンタが自ら積極的に片付けてんだから。しかも左手怪我してんだろ? それなのに片付けだなんて、可笑しな貴族だな」


 ラドフは言いながらクスクスと笑う。視線が合った私の膨れた顔気づいた途端にハッとしたラドフは、すぐに姿勢を正した。


「いや、機嫌を損ねたなら、謝る。すまなかった」


「ふんっ、どうせ、いいですよ。元々私はお貴族様に染まる気ありませんから」


「貴族が貴族に染まらない? 聞いたことないがな」


「私は私よ。エリザベー……」


 あれ? このセリフ何処かで……。

 なんか私、本当にどんどんエリザベートになっている気がする。私は私って、どっちの私なのか……。


 戸惑い止まった私に気づかず、ラドフは感心した様に頷いた。


「そうか。私は私か……強いんだな。貴族なのに」


「いいえ。私は強くなんてないですよ。ただ足掻いて抗っているだけです」


「足掻いて抗うか。でも、俺はいつも諦めて、逃げてばっかりいるから、足掻くことも、抗うことにも強さを感じるよ」


 私、強いのかな……? でもそう見えるなら嬉しい。


「ラドフ、ありがとう。少し元気でた」


「こっちこそ。お嬢は他のムカつく貴族娘とは違うんだと思ったら俺も元気出たよ」


「ん? そのムカつく貴族娘って?」


「さぁ?」


 わざとらしく惚けたような仕草を見せたラドフは、そのまま「仕事に戻る」そう言ってキッチンの方へと向かって行った。


 ダイニングにはずらりと椅子が並べられ、皆がその椅子に座り始める。


 アシュトンやデジールも席に付いた。


 ここからは作戦会議の時間だ。私は集まった皆を見渡し、顔ぶれを確認していると、ラドフがワゴンを押しながら、紅茶を出し始めた。


 彼の心遣いに目が合ったラドフに私はそっと微笑みながら頷くと、ラドフも少し照れながら頷き、すぐに視線を逸らした。ラドフの入れた紅茶を他の侍女達が手伝い始め、すぐに暖かい飲み物が配られた。


 私は、少し離れた席に座る、執事、ブレナンに視線を送り頷いた。


「ブレナン、皆が集まりました。お呼びしてください」


「畏まりました」


 ブレナンが席を立ち、ダイニングを後にする。


 それを見届けた私は、この部屋の中で一番格が高い席、元々はデンゼンパパの席に二つの椅子を侍女に用意してもらった。


 数分後、ブレナンが寝巻き姿のマーティンをとジェフを連れて、ダイニングへと戻ってくる。


「ブレナンありがとう。マーティンこちらへ」


 私に促されるまま、マーティンはデンゼンパパの席へと座り、その右隣にジェフが座る。マーティンが息を吹きかけながら紅茶を飲む姿を見届けると、私は立ち、皆を見下ろす。


「このような深夜にお集まり頂き、感謝致します。これより、私達の今後について話します。まず、現状から説明いたします」


 皆が静かに頷きながら聴いてくれた。海賊の船員の大半はお酒により、重たそうな瞼を擦りながら聞いている。まぁ、ざっと見て三、四人は寝ているけど、でも、それくらいなら問題ないかな?

 私は一人頷きながら続ける。


「今、ステインは王族により、冤罪をかけられています。冤罪とは王子殺し。ですが、皆様も信じてくれている通り、ステインが犯人ではありません。そしてその本当の犯人、首謀者は王妃イデアです」


 皆が驚きに目を見開いた。


「つまり、この王子殺しは王族の王位争いからくるものだったのです。そこで、現状の王位争いを収める為に、内々で調べたところ、ある方に辿り着きました。その方がこちら」


 私は言いながら右手をマーティンに傾ける。


「この方は、我がエスターダ国の第三王子、ルイ殿下でいらっしゃいます」


 私の紹介を受けたマーティンは、紅茶をズズズと飲みながら、片手を小さく上げた。


 皆が驚きに口を開いている。


「えぇぇぇーーーーっ!? っあ」


 一人だけ大きな声を上げて驚いたのはデジールだった。

 デジールは慌てて自分の口を押さえたが、目はまん丸になりながら驚いていた。


 私は小さく頷き、続ける。


「ルイ殿下はこの国の第三王子。つまり、次の王位継承者にあたります。ステイン家の代表として、私は殿下と共に、イデアを糾弾致します。

その為の今後についてのお話ですが、まず、ステイン派の貴族をこの屋敷へと集めます。ここにいる侍女、使用人、執事の皆さんはステイン派の貴族の元へと向かい、こう話して下さい。『今まで尽くして頂いたことへの感謝の気持ちとして、ステイン派の貴族の皆様には、ステインの財を分配したく、屋敷へとお集まり頂きたい』と、そう言ってこの屋敷へと集めてもらいます」


 私はスコフィールドを見る。


「デンゼンの執事であるスコフィールド。この件については貴方に取りまとめをお願いしたい。出来ますか?」


「畏まりました、お嬢様。ステイン派の貴族は全て記憶しております。お任せください」


 私は「任せました」そうスコフィールドに伝え、笑顔で頷いた。


「あの、オジョウ」


 ベンケが不安そうな顔で手を挙げた。


「オジョウ、オラ達は何をするんだ?」


 え〜と、何をすればいいんでしょうね? 私も分からないよ、ベンケ。とは言えるわけもなく。

 えーと、えーと。とりあえず……


「ベンケ達はそのまま殿下を護衛。ここは殿下の居城です。ここを守るのが貴方達の使命、しっかり励みなさい。何かあれば追って知らせます」


「オジョウ、分かっただ! オラは命がけでエスターダを叩きのめすだ!」


 いやいやいや、ベンケ。盛大な勘違い、エスターダ叩きのめしてどうする。むしろ、そうならないように頑張るんだよ。私達は!!


 ベンケの言葉に、呆れながらジェフが口を開いた。


「これは補足になりますが、現在、ヴィルヘルム将軍にも話は通っています。ですので、数日はエスターダ兵がここを包囲することはないでしょう」


 私はジェフを見ながら力強く頷いた。


「ええ、そうです。全てをお話したところ、ヴィルヘルム将軍にも納得頂き、今は味方になってくれてると言っています。ステイン派を集める日にはヴィルヘルム将軍もお呼びしてください。頼みましたよ、スコフィールド」


「畏まりました」


「では、ステイン派の貴族を集める日についてですが……」


 そういえば、エリザベートは集まる日を決めてはいなかった。でもきっとなるべく早い方がいいのだろう。皆大変だろうけど、なんとかなる範囲で……


「そうですね。では、二日後にいたしましょうか。我々には時間がありません、二日後この食堂でステイン派の貴族と話し合いをいたします。皆さん、大変でしょうが、後少しです。私と共に平穏な日々を取り戻しましょう」


 皆が一斉に「はい!」と返事をする。


 作戦会議が終われば、すぐに貴族の会合の準備を始めなければならない。


 頑張らないと……。

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