No.82 友人の迎え


 食事を終えた後、私は、ベンケに屋敷を少し出て行くと伝え、ボロボロのフードを被った。

 デジールとアシュトン達をこの屋敷に匿う為に、私は迎えに行かなければならない。


 ベンケは私の護衛にと一緒に行きたがったが、どう見ても目立つベンケを一緒に連れて行くのは、危険が伴うと思い、私は丁寧にベンケの護衛を断った。ならば、その代わりにと海賊の男を二人護衛として付けることになり、私は強面の男二人を連れて屋敷を出発することになった。


 人々が寝床へと入る時間でもあり、外は真っ暗で、手に持つランタンを足元が見えるように前へとかざす。すると護衛としてついて来た男の一人が半ば強引に私が持っていたランタンを奪い、私の少し前がよく見えるよう照らしながら歩いた。それくらい自分で持つと私が言っても男はニッコリと笑うだけでランタンを譲ろうとはしない。怖い顔がうっすらとした灯りの中で笑うと、迫力が増して余計に怖いのだと思いながら、私はありがとうと呟いた。


 目立ちたくないのに、結局少し仰々しくなりながらアシュトンの家に向かう。通りに人がいないのが幸いだった。

 アシュトンの家に着きドアをノックすると、アシュトンの母、ジェニファーが出迎えてくれた。


「毎回、夜分にすいません。アシュトン君はいますか?」


「エリザベート様。ええ、勿論。どうぞ」


 促されるように私がアシュトンの家に入ると、ジェニファーは不審そうに、私の側にいた護衛の男二人を見つめていた。


「あっ、すみません。この二人は私の護衛です」


「護衛……ですか」


 ジェニファーは上から下まで見下ろすと、少しだけ考えるように眉を潜める。


 まぁ、 どう見ても怖い人達だし。さすがに彼らを海賊ですだなんて紹介できない。


「兵士様ですか?」


 ジェニファーのその問いに私が応えようとすると、先に護衛の男の一人が首を振りながら答えた。


「いいえ、貿易を少々」


「貿易……?」


「あー、えっと、アシュトンくんはまだかなぁ〜」


 少しわざとらしかったかもしれないが、ボロが出ないよう誤魔化すためにも、私は少し大きな声を出して呼ぶ。

 すると、私の声に気付いてくれたのか、アシュトンは直ぐに二階から降りてきた。


「エリッサ様?」


「あっ! こんばんは。アシュトン、迎えに来たよ」


「っあ、はい」


 アシュトンは頷くと、母であるジェニファーに視線を送る。


「母さん、エリッサ様が迎えに来てくれたから。家を出る支度は出来てるでしょう? 荷物持って来て準備しておいて」


「え、ええ……そうね」


「エリッサ様、そちらの椅子にお掛けになってお待ちください。僕は今からデジールを迎えに行ってきますから」


「アシュトンありがとう。っあ、念のため護衛を一人付けるわ」


 私はランタンを持ってくれていた護衛の男の一人に視線を送り、小さく頷いて合図する。意図を理解した男は、私に向けて軽くお辞儀した後、すぐにアシュトンが出られるように扉を開けて待っていた。


「ありがとうございます。エリッサ様、では行ってきます」


 私がアシュトンに向けて手を振ると、扉はパタリと音を立てて閉まった。

 ジェニファーに「さぁ、こちらへどうぞ」と促されるまま、ソファーに座り、出された紅茶を飲みながら皆の支度を待つ。


 数十分後、アシュトンが戻ってくると、アシュトンの後にはデジールと母親らしき女性が大きな荷物を持って立っていた。


 私はその大きな荷物を見て首を傾げる。


「デジール、その荷物は?」


「これ、ですか? 食料です。家に置いて行くのも腐らせてしまいますから、皆さんでと思って」


「確かに、それもそうね。ありがとう。私の屋敷にとっても美味しい料理を作るシェフが居るの。だからその食材も使って美味しい料理を皆でいただきましょうか」


「うわぁそれは凄く楽しみです」


「ところでデジール、貴女の後ろに居る方を紹介して頂いても?」


 ハッとしたデジールは慌てたように後ろにいる女性に手をかざして、私に向けて丁寧に紹介をした。


「失礼致しました。エリッサ様、紹介いたします。私の母のクリスタです」


「クリスタ・ミーレイです。この度はお世話になります」


「エリザベートです。娘さんを巻き込んでしまって本当に申し訳ありません。私は貴女達の身の安全を守る事くらいしか出来ません。恐らく数日だとは思いますが、お付き合い願います」


 クリスタは私に深々と頭を下げてお礼を述べた。


「デジール。デジールのご家族はお母様だけですか? お父様はまだ?」


「はい、父は外交の仕事で遠方の国からまだ帰っていません。親戚もガーデンには居ませんから私と母二人です」


「そうですか、分かりました」


 私はそのままアシュトンへと視線を向ける


「アシュトンはお母様と。お父様は?」


「父は残るそうです」


「そうなの」


「父は医師ですから。仕事を投げ出すわけにはいかないと。でも、僕達が安全な場所に居ることで安心して逆に仕事が出来るって言っていました」


「立派なお父様ですね。今度ご挨拶したいです。あっ、勿論私が元気な時に」


「エリッサ様ったら。ふふっ」


 デジールはニコやかに笑い、近くにいたアシュトンもクスクスと笑っていた。


 落ち着いた頃を見計らってアシュトンがジェニファーに声を掛ける。


「母さん、支度はもう出来た?」


「ええ、待って、もう直ぐ。あっ! そうだった。あれも……」


「母さん? 僕も手伝うよ、何を持ってくれば良い?」


「私なら大丈夫よ。アシュトン、貴方も自分の支度をしなさい、身一つでお屋敷に行く気?」


「僕? 僕は事前に用意しているから、二階から持ってくれば」


「なら、すぐに持ってきなさい。私もその頃には出来てるわ」


「分かった」


 返事をしたアシュトンは私に向けてペコリと頭を下げた。


「エリッサ様申し訳ありません、直ぐに、出発しますので」


「いえいえ、大丈夫です。待ってますから、そんな慌てずに」


 それからすぐに、アシュトン親子の支度が済み私達は夜の貴族街へと向った。


 私は歩きながら屋敷のことを思い出し、アシュトン達に申し訳なく思いながら言葉を選ぶ。


「あのね、皆んなに言わなくちゃいけないことがあって……その、皆さんを匿う事には問題ないのですが、今のステインの屋敷ってすっごく荒れていて、お掃除しないといけないの。アシュトン達をお客さんとして招きたかったんだけど……その、ごめんね」


 気まずく話す私にデジールは笑顔で答える。


「大丈夫です。それくらい構いませんよ。エリッサ様のお役に立てるなら、私は喜んで掃除をしますから」


「デジール……」


 ああ、本当にデジールは良い娘すぎる。思わず抱きしめたくなる衝動を抑えて、私はニッコリと微笑んだ。


「ありがとう、デジール。掃除をする時は一緒にやりましょう」


「えっ!? エリッサ様もお掃除されるのですか?」


「ええ、勿論。これでも私、片付けは得意な方なのよ?」


「意外です……って、あ、ごめんなさい」


「いいのよ、普通貴族は身の回りのこと全然しないもの。そう思われて当然よ。でも私は違うわ。これでも昔は掃除の魔女って呼ばれていたのよ?」


「……まじょ?」


 あっ、まずい違った。それは死ぬ前の私だ。あれ? でもなんで掃除の魔女って呼ばれてたんだっけ。何か嫌な思い出だったような……まぁ良いか。掃除が得意なのは間違いないし。


 そんな会話をしている間に、私達はステインの屋敷にたどり着いた。門をくぐり、屋敷の玄関へ行くと、玄関の光が神々しく輝いている。


「あれ、出発の時はあんなに明るかったっけ?」


 私は首をかしげ表玄関に向うと、そこには、ボロボロの服を着た侍女のヘレンが立っていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 ヘレンはそう言って私達に深々と頭を下げた。ボロボロの姿とは言え、マリアの代わりに侍女長を務めていたヘレンの振る舞いは全く変わらない。


 そんなヘレンの姿を見て、嬉しさのあまり彼女の手を握る。


「ヘレン! ヘレンじゃない。あれから全然見かけなかったから心配していたの! 体は大丈夫?」


 私のそんな言葉に冷静を保っていたヘレンの顔は歪み、涙が溢れた。


「お……おじょーさまぁ〜 っごぶじで、ご無事で良かったっ」


 …………ヘレン。


 私は握っていたヘレンの手を離すと、そのまま彼女の背に回し優しく抱きしめた。


「ヘレン、色々大変だったでしょう? きっともう少しでこの問題も解決するから。そしたら、皆んなでゆっくりしましょうね」


「っお嬢様……はいっ」


 私だけが辛いんじゃない、皆辛いんだ。エリザベートに振回されて、弱音を言ってる場合じゃない。頑張らなくちゃ、この後、どうなるかなんて知らないし、分からないけど、でも、私はとにかく頑張らなくちゃ。


「ヘレン、他の皆もこの屋敷に戻っているの?」


「ええ、はい。取り乱し申し訳ございませんでした」


 ヘレンはそう言って涙を拭うと、一つお辞儀をした。顔を上げた時、ヘレンの顔つきは侍女長のものに戻っていた。


「私はジョニー達と一緒にこのお屋敷に来ました。皆客室でお嬢様のお帰りを待っております。

ただ、執事のエルフレットはまだ到着しておりません。

カーラにつきましてはバストーンに戻ってジョゼフィーヌ様とカトリーヌ様のお世話をお願いしてあります。

バストーン襲撃で傷を負ったロザリーはトールリの領地で治療を受けさせております」


「ロザリーの傷は大丈夫なの?」


「あまり詳しくは聞いてはおりません。命には別状はないそうです。ただ、後遺症が残るかもしれないと……」


「そうなの。辛いわね……」


「ええ。とりあえずお嬢様、皆がお帰りをお待ちしております。さっ客室へ」


「ええ、そうね」


 私は小さく頷き、アシュトン達を引き連れ、客室へと向った。

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