No.55 嫌いじゃないわ


「ーーーーっつ!! 痛っ!」


 エリザベートは、後頭部に強い痛みを覚えながら目を覚ました。


「………なに? ……いったい……ここどこよ」


 地面に倒れていた体を、ゆっくりと起こしながら、周囲を見渡す。


 ダリアとコールの泣き叫ぶ声が響いていた。


「いったい何? 私が寝ている間に何が起きたのよ……」


 そう言いながら起き上がると、今にもダリアに襲い掛かりそうな兵士と目が合った。

 兵士はエリザベートを見てニヤリと笑い、エリザベートはその兵士を睨みつけると、舌打ちをしながら即座に走り出す。


「きゃぁぁぁっ!!!」


 ダリアが両手で顔を隠しながら叫び声を上げると、兵士がダリアの腹めがけ、剣を突き刺そうと、振りあげたその瞬間。


ーーーーーグサッ!


「この子は私の玩具なのよ? 許可なく勝手に遊ばれては困るわ」


「ぐはぁっ………」


 エリザベートは素早く兵士との距離を詰め、後から兵士の腰に挿してあった短剣を引き抜くと、躊躇うことなく、その兵士の脇腹にその短剣を突き刺していた。


 兵士は口から血を吐きながら「おっ、女が生きてるぞぉ!!」そう叫び声を上げながら崩れ落ちていく。


「全く、うるさいわね」


 エリザベートは兵士を刺していた短剣を、素早く引き抜くと、叫び声に気づいたもう一人の兵士に向って駆けた。


 その兵士はコールに向けていた剣を、エリザベートへと向けながら、倒れている相方の兵士を見て、怒りをあらわにしている。


「小娘が!! 楽に殺してやろうと思っていたが、覚えておけ!!」


 兵士は声を荒げると、構えた剣を大きく振り上げた。


 エリザベートは勢いよく兵士に向かって走り、兵士の男が剣を振り下ろすタイミングで飛び込むようにジャンプし、地面を滑る。

 男の大きく開いた股をくぐり抜けながら、兵士の片足を掴んでクルリと回転すると、そのまま兵士の両足首を斬りつけた。そして飛び跳ねるように、瞬時に兵士と距離を取る。


 兵士はエリザベートが何をしたのか理解していなかった。


 ただ一瞬のうちに自分の背後に移動した事だけは分かり、後ろを振り向こうとした瞬間、両足に激痛が走る。兵士の男はそのまま崩れ落ちていった。


「なっーーーー」


 ーーーーーーードサッ。



「ふふっ。スライディングって、やってみたかったのよねぇ。案外使えるわ」


 エリザベートはそう言って、ニコリと笑いながら、倒れた兵士に背後から馬乗りになると、兵士が被るフードを取った。そして男の髪の毛を掴み上げ、その耳元に顔を近づけながら囁く。


「この鎧を見る限り、あなたステインの兵でしょう? 顔を隠しても分かるわよ。主人を裏切るなど士道不覚悟ね。

あぁ、ここでは騎士道になるわね。私もだいぶ、ごっちゃになってるわ」


「お、お前はっ……何を……っくっ!!」


 兵士が口を開くと、エリザベートは掴んでいる髪の毛を更に引き上げ、黙らせる。


「いい? あなたは兵士として一番やってはいけない事をしたわ。それは、主人への裏切りよ。私はね、裏切りって、だぁーいっ嫌いなの。あなたみたいな裏切り者が、今後出ないようにしなくてはいけないわね。それも私の務めですから。

勿論あなたには死んでもらうわ。でも、それじゃぁ足りないの。分かるわよね? そうね、あなたの家族、子供、親、親戚、友達。皆殺しにしてあげる。ふふっ、ただ殺すなんて勿体ない事はしないわよ? 地獄を味わって死んでもらうの。

そうねぇ、ゴエモン風呂とかやってみたいわ。楽しそう。

だからね、あの世で家族を待ってなさい。すぐに送ってあげるから寂しくないわよ。あなたの家族にはちゃんと言ってあげるわ。恨むなら、裏切った者を恨みなさいって、じゃぁね」


「待って……俺は……」


 エリザベートは兵士の言葉を聞く事なく、短剣で首の後ろを斬りつけ、そのまま即死させると、手際良く首を切り始めた。


 首を切断し、髪の毛を掴み上げ、男の頭を無表情に眺めた後、死体の横に静かに置いた。


 エリザベートは最初に脇腹を刺した兵士の方へゆっくりと歩いていく。


 最初にダリアを襲い、エリザベートに刺されていた兵士はまだ生きていた。脇腹を押さえながら、もだえている。


「あら、まだ生きていたの? その傷は肝臓まで達しているから、もう、だいぶ出血しているはずなのに。随分しぶといのね。まぁいいわ。時間が無いからあなたも、すぐに楽にしてあげる」


 エリザベートは悶える兵士に馬乗りになり、背後からフードを外すと髪の毛を掴んだ。


「……や、やめて………」


「大丈夫。あなたが寂しくないように、後で親しい友人や家族もそちらに送ってあげるから安心しなさい」


「……い、いやだ………いやだぁ」


 エリザベートが、ふと、前を向くと、倒れているダリアがこちらを見ていた。


「目を閉じてなさい」


 血走ったエリザベートの視線に凍りついたダリアは、すぐにぎゅっと目を閉じた。


「ふふっ、良い子ね」


 ーーーーーーーズシャッ


 エリザベートは短剣を握りしめ、兵士の首を思いっきり斬った。

 兵士の断末魔と共に血飛沫が上がる。


 首を切断し終わると、その二人の兵士の髪の毛を掴みながら頭部を持つと、エリザベートはダリアとコールに視線を向ける。

 ダリアとコールは怯えながらエリザベートを見ていた。


「あなた達はここで大人しくしていなさい。多分、ここが一番安全だわ。それと、怖かったら目を瞑っているのね」


「………はい」

 

「良い子。私、聞き分けの良い玩具は好きよ」


 エリザベートはそう言って笑うと、ダリアとコールに背を向けた。

 エリザベートの手には二つの首がぶら下がっている。そして、そのまま少し離れた場所に見える、火柱が立っている方向へと向って歩き始めた。





 燃える馬車周辺は既に六人の兵士が囲んでいた。


「さぁ、そこの罪人、カトリーヌをこちらに渡してもらおう」


「私達に近寄らないで!!」


 ジョゼフィーヌは叫び、懐に隠し持っていたダガーナイフをカトリーヌの首に近づける。


「はっはっは! それは脅しのつもりか?残念ながら俺達は罪人の命など、どうでも良い。殺すなら殺せ。俺達はその娘の抜け殻でも一向に構わんからな」


 この隊の隊長であるベクテルがそう言いながら、ジョゼフィーヌに剣先を向けた。


 ダガーナイフを握るジョゼフィーヌの手に力が篭る。

 カトリーヌの耳元に顔を近づけると、優しく囁いた。


「ごめんなさい。カリー……貴女が辱めを受けるような事にはなって欲しくないの……私もすぐに逝きますから……ごめんなさいね」


 ジョゼフィーヌが悲しそうに笑い、カトリーヌの首めがけ、ナイフをふり上げた。

 

 その時だった。


 ーーーーーーードサッ!


 突然、ベクテルの前に、男の生首が二つ転がってきた。ベクテルは一瞬驚き、後ずさると、生首が投げ込まれた方向へと視線を向ける。


 視線の先にいたのは、フードが外れ、顔を晒しているベクテルの部下だった。青ざめた顔をし、何故か首筋を押さえている。ベクテルは眉根をひそめ、その部下を見ていた。


「何だ?」


「……あ……あ……あぅ」


 兵士はすぐに血を吐き、倒れた。押さえていた首筋からは大量の赤い血が流れ始める。


「ーーーっくそ! 敵襲だ!!」


 ベクテルがそう叫んだ時にはもう遅かった。


 一人、また一人と、次々に首を押さえながら、兵士が崩れるよう倒れていく。


 ベクテルは周囲を警戒しながら、動く者の気配を辿った。馬車が燃える火の光で、次第にその正体が明らかになる。姿勢を低くし、獣のような動きで、すばやく移動している娘の姿が見えた。


「このガキ! 許さんぞ!!」


 ベクテルは叫び、兵達に言った。


「陣形をとれ!!」


 残っている兵士はベクテルを含め、すでに三人だった。ベクテルを囲うように二人の兵が素早くベクテルの左右に立つ。


 姿勢を低くし、まるで獣のようにも見えるエリザベートの姿は異様だった。

 ジリジリと横に歩きながら燃えている馬車の方へと近づいていく。


「ねぇ、貴方達、私を誰だかご存知?」


「さぁな! お前が誰だろうと構わん。八つ裂きにしてやる!!」


「あら? だってカトリーヌをお探しなのでしょう? 私がそのカトリーヌかも知れませんよ?」


「ふん、くだらんことを。カトリーヌはお前みたいなガキではない」


「あら、私もレディーなのに、そんなことを言われると傷ついてしまうわ」


 エリザベートは着ていたガウンをゆっくりと脱ぎ始める。


「そうね、ならば私がレディーなのか、ちゃぁんと証明しなくてはね」


 その光景を見ていたジョゼフィーヌがエリザベートに叫んだ。


「エリッサ、はしたないまねはおよしなさい!」


 エリザベートはジョゼフィーヌを睨みつけると「お黙りっジョゼ!!」ともの凄い剣幕で怒鳴る。


 ジョゼフィーヌはその剣幕に、ぶるりと震えると、見る見るうちに、発疹が浮き上がり、全身が赤くなっていった。


 エリザベートは脱いだガウンを左手に持ち、ベクテルの目を静かに見つめている。


「お前、何がしたいんだ」


 ベクテルのその言葉に、エリザベートは可愛らしく小首を傾げた。


「そうねぇ、命乞い?」


「ふんっ、つまらんな。どうせならもっと脱げ」


「そうね、脱ごうかしら」


 エリザベートは体を少しひねり、ワンピースを脱ぐかのように体を傾ける。すると左手に持っていた上着に燃えている馬車の火が移り、上着が燃え始めた。


「きゃぁっ!」


 エリザベートが驚きながら、上着をバタバタと広げると、火はどんどんと燃え広がっていく。


 エリザベートの行動に兵士達が顔を歪めた時、エリザベートはニヤリと笑いながら、気が狂ったかのように、上着をぶんぶんと振回し、兵士たちの方へと走り出した。


「くっ、来るな!!!」


 ベクテルが叫ぶと、エリザベートは燃える上着を三人の兵士の頭上へと投げる。

 瞬時に体の姿勢を低くして、一人の兵士の太ももに短剣を突き刺し、すぐに引き抜くと、もう一人の兵の足の太ももにも短剣を突き刺した。


 兵士達は、燃える上着を振り払う払うのに精一杯で、エリザベートの尋常じゃないその速さと動きに目で追うことすら出来なかった。


 燃えた上着を払うと、ベクテルの両隣に居た兵士二人が自分の太ももを見ると、すぐに足を押さえ始め、蹲った。


 ベクテルは兵士二人を見下ろし、エリザベートから距離を取る。


「貴様ぁっ!!」


 エリザベートはケタケタと笑う。


「何が可笑しいっ!」


 ベクテルは怒鳴った。


「あら、だって、どんなにその傷を押さえても、意味ないもの。必死で押さえちゃって、馬鹿みたい」


「何だと!? この程度、止血さえすれば!!」


「ふふっ。無理よ。だってね、動脈を切ったの。動脈分かる? 分からないわよね。人間ってね、ふともものここに太い血管があるのよ? 私はね、それを切ったの。だからね、後は血が流れ続けて、死ぬのを待つだけなのよ。ふふふ、でもほら、二人とも必死で傷口を押さえているでしょ? それが滑稽で、可哀想で。ふっひひひっ」


「笑うなぁ!!」


 ベクテルはエリザベートに叫んだ。


「ねぇ、貴方はどうやって死にたい? 分からない間に死にたい? それとも死を自覚しながら死にたい? 何処を刺されて死にたい? 足? 腕? お腹? 首?

あぁ、でもせっかくなら出来るだけ痛いのが良いわ。貴方が苦しむ顔、見てみたいの。私の前で苦しみもがいて見せてよ」


「黙れぇぇぇぇ!!!」


 ベクテルは怒りに身を任せて、エリザベートに向かって、剣を振り上げた。


 その瞬間、エリザベートは手に持っていた砂をベクテルの顔めがけ、投げつける。そしてそのまま勢いよく、ベクテルの懐へと飛び込んだ。


 ベクテルはエリザベートが投げた砂に驚き、手元がぶれる。そのまま振り下ろした剣先の下にはエリザベートは居なかった。


「はぁい」


 その声にベクテルは真下を見るとエリザベートが自分の腕の中で笑っている。


「チッ」


 大きく舌打ちをしたベクテルは、そのまま振り下ろしていた剣の柄を、エリザベートの背中めがけて思いっきり引き寄せる。


 が、エリザベートは瞬時にしゃがみ込み、柄がベクテル自身の胸にカンと音を立てながら当たった。鉄で出来ている甲冑により、痛手は負わなかったが、すさまじい衝撃で、思わずベクテルは咳き込んだ。


「グッ、ゲッホ、ゲホォッ」


 ベクテルが咳き込むとほぼ同時に、凄まじい痛みを足に覚える。


 しゃがみ込んでいた、エリザベートは、そのまま素早くベクテルのアキレス腱を切っていた。


 ベクテルの股をくぐりながら、ゆっくり立ち上がると、短剣の血振りをしながら、まるで何事も無かったかのように、ジョゼフィーヌの方へと歩き始める。


「っ待て!!」


 ベクテルはエリザベートに向かって叫んだが、最早、立つこともままならない。必死にエリザベートの方に振り返ろうとしたが、そのまま膝から崩れ落ちていった。


 背後で叫ぶベクテルを気にも止めず、エリザベートは、ジョゼフィーヌの元へと歩いていく。


 ジョゼフィーヌは真っ赤な顔をしながらエリザベートを見ると「子供達は?」と静かに聞いた。


「邪魔になるから置いてきたわ。大丈夫よ、生きているわ」


「………そう」


「ねぇ、私、忍者みたいだったでしょう?」


「ーーーえ? ニンジャ?」


「ああ、そうね。ジョゼは知らないのよね。いいわ、気にしないで。忍者はね、闇夜にまぎれて戦うのよ。女の忍者はくノ一って言うらしいの。忍者はものすごく高く飛ぶらしいんだけど、残念ながら私には無理ね」


「………………………」


 エリザベートはそのままジョゼフィーヌの隣に横たわる、カトリーヌに視線を落とすと「無様ね」そう静かに呟いた。


 そのまま片足を上げ、カトリーヌの頭にゆっくりと足を近づける。


「っエリッサ………?」


 頭を踏みつける、その寸前でエリザベートの足が止まった。自身の傷だらけの体を確認し、ジョゼフィーヌの腕や足の痣を見た後、ボロボロのカトリーヌを、もう一度見下ろして、その足を退けた。


「ふんっ、嫌いじゃないわ、カリー。私のペット………」


 エリザベートは気を取り直すかのように、ため息を吐いた後、ジョゼフィーヌを見る。


「ジョゼ、貴方には手伝ってもらうことがあります。出来るわよね?」


 ジョゼフィーヌは何も言わず、真っ赤な顔をしながらコクリと頷いた。


 それを見た、エリザベートはニッコリと満足気に笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る