No.4 王都までの道のり


 馬車から見える変わりゆく外の風景が楽しくて、私は窓にへばりつくように景色を眺め続けた。お屋敷周辺は、木ばかりの森の中だったけれど、流れるように景色が草原へと変わり、草原から大きな川が流れるのが見える頃には、風車が何機も立ち並んでいるのが見えた。

 自然豊だった風景はだんだんとまるで吸い込まれていくかのように町の賑やかさの中へ入ってく。

 町の中は歴史映画でも見ているような中世ヨーロッパの雰囲気が漂っていた。


 ほぇ~ ほんとうに「異世界だ……」


「お嬢様、今、何と?」


 おっと、ついつい心の声がもれちゃったよ。危ない、危ない。お嬢様はお淑やかに。


「いえ、ただやはり見覚えの無い景色でしたので、つい……」


 途中、何度か休憩を挟みながらも、さらに馬車に揺られること数時間。とても大きな壁と門が馬車の前に現われた。門の中へと入るための手続きに並ぶ、他の馬車や人々をすり抜け、時間がかかると思い込んでいた手続きは、ものの数秒で終わった。

 ここが王都だと門の手前でマリアが言っていたように、場内に入ると異世界観はさらに増した。知らない建物に知らない人、見える風景の中には私の知らない文化が溢れていて、私の知らない歴史が詰まっていた。

 おしゃれで煌びやかな建物もあれば、素朴なレンガの建物もあるし、可愛らしいものもある。建物に関しては完全に昔の洋物仕様といった所だろう。日本の中であれば東京駅に少し似たような建物もあった。


「お嬢様、そろそろ着きます」


「え? 何処に着くのです?」


「旦那様のお屋敷ですよ。とても立派なお屋敷です。王都にある貴族のお屋敷の中では一番大きなお屋敷だと聞いています。噂では王城よりも大きいとか」


 え? 王城よりっ!?


「へっ……へぇ、そんなに大きいの。ステイン家って本当にお金持ちなのね」


「ええ、それはもう。この国のことわざに、名誉が欲しければ王に付け、お金が欲しければステインに付け。なんてことわざがあるくらいですから」


 わぁお、マジですか……。


 私の想像以上にステイン家って大金持ちなのね。

 まぁでもある意味納得でもあるわ。ドラマや映画、現実の歴史でさえ、富を手に入れていた親の子ほどろくでもないのが育ったりするのよ。

 結局このエリザベートもそんな大金持ちの子供だったから、悪魔みたいに育っちゃったのね。良いことも悪いことも分からず全て自分の思い通りにわがままを通して、お金さえあれば何でも出来て許されると、人も買って…………って、ちょっと待って。そうなると、エリザベートの姉達も必然的にろくでもない可能性が出てくるじゃない。いや、でも待って、逆に凄く良い子かもしれないし、決めつけるのは……いや、でも、エリザベートの姉。


 ろくでもない……やっぱりその可能性は大いにあり得そうだ。



「……はぁ」


「お嬢様、どうされました?」


「マリア……私ね、ステイン家のこと分らないの。全く思い出せないから、今の私にとってお父様もお姉様達も知らない人達なの。だから不安で、怖い人達だったらどうしようって……」


「お嬢様、そのようなこと……」


 マリアは私を見ると、安心させるように優しくニッコリと微笑んだ。


「ご安心ください。お嬢様、ステイン家で一番怖い方はお嬢様ですよ」



 ……………………。



 あぁ……そう……そうね。確かにそうかもしれないわね。


 でもね、マリア、それ私を安心させる為のセリフじゃないから!!

 それ完全に嫌味だからっ!!


 私は返事をせずに、マリアにニッコリと微笑みだけ返した。


 まぁ不安に思っていても仕方のない事だ。

 なるようにしかならないだろうし……。



 ーーーーガッタン!



「付きましたよ。お譲さま」


 馬車の窓から建物を見上げる。それはまるで夢の国ににでも出てきそうな、まるで……まるで……


 そうまるで………。


「あの、ここお城に見えるのですが」


「いえ、あくまで公爵家のお屋敷です」


「あくまで……ねぇ……」


 これじゃあ確かにあんなことわざが作られたりしちゃう訳だ。


「うわぁ……ほんとに大きい」


 差し出されたマリアの手に支えられながら馬車を降りると、すぐその先に立っていた執事らしき男の人が頭を深く下げた。


「お待ちしておりました。エリザベートお嬢様、どうぞ中へ……っ!!?」


 顔を上げた執事と目が合った瞬間、彼は呼吸を忘れてしまったかのように、息を詰めて私を凝視した。


「お出迎えありがとう」


 優しく微笑む私。

 時が止まってしまったかのように動かない執事。

 まぁね、分かるよ。貴方の気持ち。そりゃもう手に取るように。


 私、美少女だもんね。


 女神降臨!! ……なんちゃって。


 調子に乗ってはダメだ。自重、自重。


 「コホンっ!!」


 わざとらしい咳払いをして、マリアが執事に注意する。こういうやり取りも、もうすでに何度も経験済みだから慣れっこになっていた。


「しっ失礼しました!! 一瞬美姫かと……」


 ご馳走様です。


「お気持ちは分かりますが、案内を」


 マリアの声に慌てたような執事は「すぐにっ」と前をゆっくり歩き始めた。馬車を降りてから屋敷の入り口までも少し距離がある。何せ全てが規格外に大きく、広いのだ。


「あの、私はこのままお父様の所に?」


「残念ですが、旦那様は今、登城されています。旦那様がお帰りになられるまで、お嬢様には自室にてお待ち頂いてもよろしいでしょうか」


 流石プロ、先程の動揺など微塵も感じさせない執事は、もうちゃんと執事の顔になっている。

 まぁ、ちょっと? こっち見ないようにしている気はするけど……。


「このお屋敷にも私のお部屋があるのですか?てっきり客室で待つものかと」


「とんでもございません。このお屋敷もお嬢様のお住まいの一つにございます」


「そう……ありがとう」


 私はすぐに嫌な予感がした。元エリザベートの部屋だ。どうしてもあの恐ろしい地下室を思い出してしまう。私の少し後を歩くマリアに小さな声で囁いた。


「マリア、私ってここの屋敷で、その、恐ろしい行いなどはしていませんよね」


「はい、ご安心下さい。お嬢様はこのお屋敷に、幼少期の間だけ住まわれていた、そうお聞きしています」


「そうですか、良かった。では私のお部屋に案内してください」


 執事の男性は「かしこまりました」と頭を下げると屋敷の扉を開けた。私はゆっくとお屋敷の中へと足を踏み入れる。


 何人もの使用人や、侍女が屋敷の中に並び「お帰りなさいませ、お嬢様」と頭を下げていた。

 それはまるで映画のワンシーン。

 壮観だ……。

 頭を上げて私の姿を見た者の反応は言うまでもない。まぁそれでも彼らはやはりプロだ。直ぐに顔には出なくなる事を私は知っている。


「ありがとう」と微笑みながら私は屋敷内へと進んだ。いや、もう使用人や侍女の反応などこの際どうでもいい。



 問題なのは……。



「マリアはここのお屋敷は初めて?」


「いいえ。一度だけ訪れたことがあります」


「そう、私はね、初めてよ……ハハ」


 ーーーーっくぅっっ……目が痛い。


 なんて豪華なの!


 屋敷に入ると、すぐにキラキラ……いや、ギラギラとした光の襲撃を受けた。大きなシャンデリアやら、大きな金や赤の装飾品やら、とにかく見たことがないギラギラが一面に広がっている。目の休む場がない。鳥肌が出そうだ。


「マリア、目がくらみますね。私はもしかしたらここのお屋敷で暮らしていくのかもしれないのですよね? この派手さに耐えられるかしら」


「ご安心下さいお嬢様。お嬢様の方がよっぽど輝いていらっしゃいますから、大丈夫です」


 いや、だからマリア、そう言う意味で言ったんじゃないんだけど……。


 大階段をちょうど上ったところで、少し前を歩いていた執事が急に立ち止まり、深々と頭を下げた。


「ん?」


 後にいたマリアが私の耳元で、小さく囁く。


「カトリーヌお嬢様です」


「あぁ、お姉様」


 私はとりあえず、こちらに向かって歩いてくるカトリーヌに頭を下げた。そしてすれ違う前に一言挨拶をと思い顔を上げようと思った時、立ち止まったカトリーヌの声が頭上から降ってきた。


「……げっ、エリッサっ!? なんでアンタが!? ここに来るのは、まだなんじゃ……」


「お姉様お……」


『お久しぶりです』そう続けようとしたのに、カトリーヌのその顔を見た瞬間、金縛りにでもあったかのように、私の身体が動かなくなった。



 ドクンッ! と私の心臓の音が1つ大きく鳴り響いたと思った時。



 ーーーーバシンッ!!



 私は勢いよくカトリーヌの顔面に平手打ちをかましていた。

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