4話
ここにきた本来の目的は踊る事
だが誰と踊りたいかはまだ決まっていない。だがら今はこうして溶け込むことで、周りの人間が……いやアリア姉さんの相手が誰なのか見極める
ジロジロ見ると、今の自分は男ではないので変な誤解をされることはないが、プライドの高い姉さんのことなので喧嘩を売られるかもしれない。
騒がしい会場の雑音は、街の中の人々の騒がしさとは違くて、何か耳にじっとりと残っていくような音である。その音は耳を通して脳を介す。そこで感じられた「不快」の2文字が具現化して俺の心に摑みかかる。
そうして顔をしかめているから、誰も俺に話しかけようとは思わないらしい。ニコニコした顔で踊る周りをみて、ああいう風に踊ればいいのねと分析する。踊りたい相手はお前らでないのは確かだから。
「ねぇ、あれって……」
するとアリア姉さんの周りが騒がしくなる。後ろから相手が来たのだろうか?
クルッ
思わず息を飲んだ。
先程まで感じていた不快感を消してしまうほどの幸福が今度は思考を停止させてしまった。
それほど近くにいるわけではないのに、カッコイイ……そう思って再び振り返るとアリア姉さんが赤面している
そういうことかと合点するには少々時間がかかった。
「王子とアリア様……いよいよ交際するのかしら?」
しかしそんな放心状態から引き戻されるのにそんなに時間はかからなかった。そして相手が王子と聞いて、もう一度振り返る。
……よく見たらさっきの男だ
そう思うや否や、自分の足は躊躇いもなく前へ前へと進んでいく。
「私と踊っていただけませんか?」
たったこの一文、たったこと一文だ
先程まであれほど騒がしかった会場内が一気に静まった
王子は不意を打たれたのか、それとも見惚れているのか。俺の顔から目を離さない。
「……是非」
断るはずがない
そういう確信があった
けど実際に踊るとなると、驚きという言葉は必要だ。
俺達が踊りだすと、止まっていた時間が動きだす。周りもそれに合わせて動きだす。
忙しなく動く中で、アリア姉さんは何をしているのだろうか。
王子の彫刻のように整った顔をみつめようとしても、必然的にそんな思考に逃げてしまう。
足を懸命に動かして、相手の動きに合わせる。
いや、相手が柔らかく自分に合わせてくれているのだ
聞こえてくる音楽が聞こえたのは最初の方で、もう何も聞こえない。
周りが騒がしくなったということしかわからない。
それくらいこの世界というのは心地よい。
意を決して王子の顔をみつめる
その後、私は心の底からの笑顔というのを初めて見つけた。
ダンスを踊り終わった後、時計に目をやる。
12時……上手いことできてやがる
俺は王子に挨拶をして、走りだす。周りの人々も目を丸くして俺を見ている。
「待ってくれ!!せめて名前だけでも!!」
階段を一気に下ろうとするが、ドレスと靴が邪魔くさい……すると自然と左の靴が脱げた。一瞬ハッとしたが、再び走りだす。足裏になにかが突き刺さっている……
王子の声が響くと、俺は馬車へと乗り込んだ。そして泣き顔を晒しているであろうアリアを思い浮かべる。
王子は完全に女の俺、つまり存在しない女に恋をした。
これはシンデレラなんかじゃない
俺は急いで馬車を出してもらい、カーテンを閉める。
ボンっ
そんな音はしていないのだが、それが聞こえそうなくらいいきなり変身が解けた。
その瞬間、一気に眠気が襲ってきて俺は夢の世界へ誘われる。
そして再び踊ることとなる
少しだけざまあみろと思いながらも、高揚感を隠せない。
しかし夢の中で踊っていたのは……
私でなく……俺だったのだ
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