3話

「女性にしてくれ。とびっきり美しい」


あの豆鉄砲を喰らった様な顔を思い出してまい笑う。楽しくて仕方ない。口のとこまで拳を持っていき、覆うようにして隠す。


馬車に揺られながら、自分の身体をじっくり見る。綺麗なクリーム色のドレスに包まれた女体は想像以上だった。足先を見つめると綺麗なガラスの靴が、外からの光を浴びて光っている。


顔は小さいのに瞳は大きくて、黄金色に輝く髪をお姫様の様に束ねている。本当にこれが俺の……私の顔なのか?


魔女は少々嫌な顔をしたが、一回豪語した手前、引けなかったのだろう。結局押したもん勝ちということだ。そのせいか、12時までという唯一の制限を高らかに宣言しては、何度も念を押してきた。魔女というのも大変なのかもしれない。


「そろそろ着きますんで」


運転手さん?が振りかえるとすぐにニコッと笑顔を作る。笑うフリは得意だ。自分の保身にもなる。脆いものは、脆いものに縋る。


ドレスなんて来たことがないから違和感だらけであるが、こんな格好をしているのは舞踏会に行くためではない


俺の目的はただ一つ


美しい愛を成立させるためだ。


ニヤリと音がしそうな、この時の俺の笑顔はどれほど汚かっただろう

だが自己嫌悪やプライドなんてものは、幼かった日々の記憶と一緒に置いてきた。






豪華な作りの建物内を徘徊する派手なドレス達。シャンデリアや赤のカーペットはみたことないような光沢である。ここにこんなに金をかける必要があるのか。そう思ってしまうほど、くだらない装飾品が群をなして置かれている。


くだらない


ふと庭に目を向けると、10歳にも満たないであろう小さな男の子がへたり込んでいた。無視して通り過ぎようとして、背中と腹の間でゾワっとした何かが込み上げる。耳に熱がこもるのを感じて……


不思議と気になって近寄る。


「どうしたんだ……どうしたんでしょうか?」


かなり男のような喋り方だなと気付いて言い直したが、いかんせんなれずに滑稽な言葉が宙を舞う。だが声だけは、柔らかながら気品のある声だった。ドラマで聴くようないい声だ。


少年は俺を凝視した後、目を伏せて隣の木を指す。

帽子でも引っかかっているのだろうか?そう思って指先を追うと、顔面付近に風がそよいだ。自分の目の前を通り過ぎたのが、人の手だとわかってゾッとする。思わず自分の頬を確認してしまう程に。


「何をサボっている!!今日の昼までに終わらせるよう伝えただろうが!!その上客人にも迷惑をかけるとは何事!!」


少年は少し赤くなったほっぺを抑えて力無く答える。


「……昼に言われて昼に終わるほどの庭ですか……ここは」


するともう一発殴ろうとする男の前に飛び出す。


「何もこんなに小さな子を殴らなくてもいいじゃないですか!!」


「少し黙っていてくれませんか?彼は貧乏でお金がないんだ……金がないとどうなるんだっけか?」


すると少年は俺の前に再び割って入って笑う。不気味な笑いに身がゾッと震えた。


「……お父さんのお薬が買えない……」


少年は俺に体を向けると、今度は本当の笑みを見せてくれた。口パクでありがとうと言うと、金髪の美形な男性に連れていかれてしまった。


あれだけイケメンなら性格もいいだろうと思ったが、そうでもないんだな……人は見た目によらない……か




姿を変えようが、結局色気より食い気ということでひっそり用意された食事に手を伸ばす。女の人はあの人が良いだの、今日はあの方はいらっしゃっていないとか言って集まってるけど知り合いが居るわけないので……


「……まぁそうだよね」


外の椅子に腰をかけると、聞き覚えのある甲高い声が聞こえてくる。


「そうね!あと少しだと思うわ!」


特に中身もないのに、浮ついた声質が気に食わなくてまた少し場所を移動する。


なんであんなにお気楽で、能天気で……思い浮かぶ言葉は全て悪口で、どんどん表情が引きつるのがわかる。


外の風にあおられ落ち着く程、この怒りは冷たくないようだ。



自分の体が女体化しようと、パーティーに参加しようと、悩みのタネは変わらない


そんな当たり前のことからも逃れたい



「……ッ」


もともと実行する予定ではあった、しかしそれは俺にとってはある意味屈辱的な行動でもある。しかしその躊躇いを取っ払ってしまう程の憎悪。俺は悪くないと自分に言い聞かせて、立ち上がる。


そしてツカツカと歩みを進め、目立たない端っこから、室内の中央部分を目指す。


俺は遊び歩く姉に怒りを抱いている。これがもっとマシな姉ならば……


思ってはいけないし、具現化したくなかったが、もう止まらない。心の中でほくそ笑む自分が、気味が悪くてしょうがないはずなのに、なぜか爽快感を味わっている。


時計を見ると、まだ時間までは何時間もある。



自分が思いついたアイデアはたいそう滑稽で、何も旨味はない。しかし、そんなことでさえすがれてしまうほどに、俺の精神は弱り……いや弱かった。


あの吹き付ける風は後押しではなく、哀れみだったのかもしれない





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