2話



「寒い……」


手の感触がなくて、頬が凍りついてサラッとしている気がする。体が自然とぶるぶると震えて、けどみっともないと自分の服を握る。


所詮子供では、自分の置かれた状況が変化したところで適応どころか行動すらできないのだ。


レンガの家にもたれかかっているが、人々は俺を瞳に入れず、幸せそうに日常を紡いでいる。俺はあの人たちの持っていない色。だからキャンパスどころか、下書きにすら入らないんだ。


息が白くなり、消えて、また白い息を吐く。


そのまま倒れてしまいたいくらいに寒い……


「君、ご両親はどうしたんだい?」


スーツに身を包んだ、白髭のおじさんが視界に入ってきた。力が入らず足を伸ばして、へたり込んでいる俺にわざわざ視線を合わせて。


「……待ってるの……ここで待ってる」


少し霞む視界の中心におじさんの顔がくっきり写っている。


「どれくらい?」


体が浮いた……背中の方が少し暖かい。


「わからない……」


そして背中にあった体温がグッと体に近づいてくる。


「坊やいくつだい?」


「6だよ」


安心感のある温もりと、優しい声への返答を最後に記憶は途切れた。



家へ帰ろう、おかえり


そんな言葉が微かに聞こえた気がした。












「……懐かしいな」


朝の光に身を包まれて体を起こす。何年も前の出来事が夢で出てくるなんて……だがしょうがないか。


義父さんは優しい記憶だけを残して、2年前この世を去った。


この土地1位と言って良いほどお金持ちだったが、今は備蓄が苦しい。なのにアリア姉さんは遊び歩いている。口を開けば舞踏会、舞踏会。


ジェーン姉さんはこの頃遊びより読書の方が楽しいと部屋に篭っていることが多い。それもそれで何もしていないので迷惑ではある。


当主不在




この四文字が俺らの生活に与える影響は大きい。周りの金持ちの態度も明らかに変化した。

結局金持ちはロクな奴がいない。


俺も18歳になったが、養子の身であるためこの家を本格的に継ぐに至っていない。今は義父の親戚に紹介して貰った仕事で僅かだが稼いでいる。


とりあえず階段を降りて、朝ご飯を用意する。3人で話し合った結果使用人は1人になった。元々全員居なくなるはずだったが、メイド長だけが残りたい、そしてアリア姉さんが残って欲しいと懇願したからだ。


「……何が残って欲しいだ」


こんなイライラする日は、特に理想を妄想したくなってしまう。


シンデレラの様に素敵な貴族に恋に落ち人生が一転すれば……


ありえないと諦め切れるのが夢と妄想の違いだ。


だがそんな妄想のひとときも長くは続かない。


甲高い声が、俺の脳内のトビラを蹴破ったからだ


「ただいまー♪」


機嫌のいい声色のアリア姉さんが帰ってきた。一瞬ムッとしたが直ぐに顔を元に戻す。


だが俺の方に寄ってきて


「じゃあ私寝るから、おやすみ」


と一言だけ投げかけて行ってしまった。父が亡くなってからというものの、もう俺を弄る余裕もない様だ。


だが朝帰り、夜遊びとは本当に何を考えているんだ……すると元メイド長のロゼッタが近づいてくる。ロゼッタは俺の事を俺としてみてくれる唯一のメイド。その働きぶりが認められて、メイド長に昇格したがすぐに家が崩壊したのだ。家も何も手放していないが、どこから金が出ているやら。


「ヨン様、お嬢様は最近王子の主催する舞踏会に行っているんですが……何やらいいお相手が見つかった様です」


何故それを俺にいう?しかも嬉しそうに。


それが思いついた後でその話に心底呆れた。


「今うちにそんな余裕はないでしょう!?本当に何を考えているんだ」


俺はロゼッタの引き止める甲高い声も無視して、朝食のパン一つを手に、腹を立て鳴らした。


何もかも上手くいかない、誰もが父さんの事を侮辱する様な生き方ばかりする。


結婚だって、相手がいるということはタダで済むものでないとわかっているはずなのに。


「全て投げ出して、人生をやり直したい……」


不意に呟いた俺の声は、誰にも聞こえず飽和する筈だった。









目が覚めて窓の外をみると夕方だろうか?

体内時計ではまだ朝だ。

睡眠と体内の感覚は相性が悪いんだな。


俺が下に降りると、ジェーン姉さんが本を読んでいた。


「寝てたの?酷い寝癖よ……こちらにおいで」


ジェーン姉さんは元々俺にそこまで興味がなかったのだろう。父さんが亡くなってからは少し兄妹らしくなった……


「痛いよ!姉さん!引っ張らないで」


気のせいだ。


「アリア姉さんは?」


ふと首を振って、いつも座っている場所に居ないので一応聞いてみた。


「舞踏会……特に気合の入った格好してたわ」


寝起きの眠たい目がかっぴらき、俺はジェーン姉さんに礼を言って二階へ上がる。


階段を一歩づつ大袈裟に踏み締めて。手が自然と後ろにいってしまう。滑稽な姿であろう。

豪華な階段が軋む音が、余計に俺を締め付ける。


部屋の扉を強引に開けて、ベットに身を投げようと助走をつけたが何かが目に入った……


「そんなにイライラしてどしたの?」


派手な格好のお婆さんが目に入って、混乱する。いくら窓があるとはいえ、この家結構高いぞ?


「……誰?」


駄目だ、今家にはジェーン姉さんしかいない。叫んだら絶対こっちに……


「怪しいものじゃないよ?」


いやそれが怪しいんですって……


「私は魔女。貴方の悩み事を聞かせて?」


「いやいや、結構です。間に合ってます」


俺が間髪入れずに首を振ると、流石にムッとしたのか距離を置いて苦笑いを浮かべた。


「そんな信じられないかね……じゃあこれならどう?」


俺の扉にかけられていた服が一瞬にして正装に変わった……俺は口が閉じられない。


「どう?すご「あれは義父さんがくれた服なのに!?」……戻すわ」


一瞬にしてカタチを変えた物体を触って魔女と正対する。


「でご用件は?」


「悩み事ない?」


短いリレーにズッコケてしまいそうになる。なんだ、この適当な人は。


「と言っても全部知ってるんだけどね、どうしたい?」


魔女は妖麗に言ったつもりなのだろうが、普通に怖い。


「え……怖っ」


「……本当に夢のないガキね」


魔女はそういうとなかば投げやりに耳を傾けた。


小馬鹿にされているんだ。それほど俺は見窄らしく見えるんだと思って、口角を上げる。結局ネズミはネズミだ。


「そうだな……舞踏会に行きたい」


俺の心は怒りと劣等感に支配されていた。





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