サンドリヨン、小さく歪んだガラスの靴

桜咲春亜

1話


「あら?この部屋埃っぽいわ?どのメイドが掃除しているのかしらジェーン?」


嫌味ったらしい声が聞こえて、高貴な足音が聞こえる。右手に持っていた雑巾にシワがより、俺は立ち上がる。


視界には金髪で気の強そうな姉と茶色の柔らかい色で表情を全く変えない姉だった。


「ここは……ヨンの担当よ、アリア」


抑揚のない無機質な声が耳に止まって、観念して振り返る。


「……すいません、お義姉様」


後ろで手を組んで拳を作って、小さな抵抗をしながらも自分が可愛くて頭を下げる。


バチっ


未だに見慣れないシャンデリアが視界に入り込んで、視界が回転する。頬に熱がこもって、反射的に歯を食いしばって、睨みつける。


自分が殴られたと理解するまでにあまり時間は要らなかった。ひんやりとした床と熱い頬。俺は感情を抑えて雑巾を拾う。


「お父様に拾われたからって調子に乗らないことね。行きましょう、ジェーン」


お決まりの捨て台詞のような物を吐きつけられて、ようやく解放される。露出が高く、細身な体を見るところ今日も宴会やら舞踏会やら贅沢三昧といったところか。薄汚い雑巾片手に、全身地味な古着の俺を笑いに来たってところか。


「……これだから金持ちは」


精一杯の悪口を言おうと思ったが、その金持ちに生かされているんだから皮肉なものである。


リトラス家の当主様に拾われてまだ数ヶ月。できるのは溝ばかり。


リトラス家はこの国を治めるメリー家に気に入られている一族であり、かなり我儘が許されている。

そして当主様は優しいのだが……義姉2人の性格はかなり悪い。当主様がいうには母親が亡くなってからだというが、同情はできない。


しかもかなりの確率で当主様は家を空けるので、必然的に虐められている時間が長い。


豪華なシャンデリアに、ツルツルの木でできたタンス、赤の絨毯に甲冑、何がなんだかわからないものまで置いてあって、未だに掃除の仕方がわからない物まである。


「……ヨン様、お嬢様たちは行かれましたのでお休みください」


メイド長がやってきて俺に耳打ちする。


「大丈夫ですよ、どうせ暇ですから」


私達の顔に泥を塗る気かとヒステリックにまくし立てるアリアのせいで外出もままならない。そして冷徹なジェーンの緑の瞳が浮かんできた時点で一度かぶりを振る。


メイドは便宜上の心配が丸わかりの離れる速度に苦笑するしかない。


……腫れ物には触れたくないよな


別にあのまま生きていたかったわけでも、ここで生きていたいわけでもない。


理想は現実とはいつも別のところなのだ。


だから人は夢見て、理想を描くのだ。


「……シンデレラにでもなれたらなぁ」


俺は義父が出会った頃に話してくれたシンデレラの話を思い出す。


けど魔法なんて空想で、そもそも俺は男。それに義父だって帰ってくれば俺を実の息子の様に接してくれる。


俺は本当に不幸なんかじゃないんだ。






その日の夜、姉さん達は酔って帰ってきた。


ガタッ、ガタッ


使用人達が駆け寄ると、わざわざ俺を指名して、


「ヨン!!水を持って来なしゃいっ!!」


「……私も」


すぐに台所近くまで走ると、見えなくなった所で既に水を用意した人がいた。俺はお礼を言って再び走る。


「遅い!!水を持ってくるだけでどれだけ待たせるの?」


鼻につくアルコールの匂いを我慢して、姉さん達に水を渡す。


周りの使用人は初めこそ心配していたものの、少ししたら何人かは部屋へと戻っている……


「ヨン……ここ埃だらけよ!掃除っていうのは片付けることを言うのよ!!」


ハイテンションで、声を荒げながらいうアリア姉さんは焦点があってない気さえする。


じゃあ自分達でやれよ……そんな口答えは誰のためにもならない。俺は唇を噛んで微笑む。


「アリア……私もう眠いから部屋に戻りましょう。もう夜も遅い。ヨンも早く寝なさい」


アンタらが起こしたんだろ……俺はそう思いながらもジェーン姉さんの気遣い?とも呼べる行為に感謝する。


布団に潜って、今日一日が無事に……無事に終わったことに感謝する。少しだけ窓の外を見ると、星がそこらじゅうに散っている。


今はこの世界で誰かが生まれて、亡くなって泣いている。そうとは思えないほど空は自由だった。


シンデレラ……義父が言うには彼女は19くらい。俺はまだまだその年齢には遠く及ばない。


けどきっと19くらい大人になったら、素敵な人生を送れるんだ。きっとシンデレラというストーリーはそういうものに……違いない。


目を閉じて、明日を祈る。



俺は不幸なんかじゃない。





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