第2話「チェックシャツの男」

 ある日一人の大学生が姿を消した、その学生は何時ものように朝七時にコンビニエンスストアに入店し何時ものように昆布のオニギリとペットボトルのお茶を買い何時ものようにコンビニエンスストア近くのバス停でそれを食す筈だった。


「青チェックの人よく来てたね秋葉あきは


「本当、あの服何着持ってるんだろうね春菜はるな


 コンビニエンスストアアルバイトの女性店員木下春菜きのしたはるな千葉秋葉ちばあきははのちに警察の捜査に対し消息不明になるまでの彼は何時もの様子で変わった所は何も無かったと答えた。


 何時もの様子とはなんであろう? それは彼が何着も持っているであろう青と黒のチェック柄のネルシャツと寒くなり始めるとその上に羽織る何年越しで使っている黒いコートを着て何時ものオニギリとお茶を買っていく事だ、彼のそれは徹底しており寸分たがえること無く入店すると左に曲がり雑誌コーナーを完全無視してペットボトル飲料がずらりとならんだ冷蔵庫からガラス扉を開け右肩でその扉をおさえつつ何時ものお茶を左手で取り出し右手に持ち変える、そしてパンコーナーをまるでそこには何も無いかの様に右折し、まっすぐレジ近くのオニギリコーナーに行き左手で昆布オニギリを取るとすぐさまレジへ向かう事だ。


「でもきっといい人ですよ、ね、秋葉」


「そうそう、ありがとうございますって会計あとのあいさつすると必ず丁寧に会釈えしゃくしてくれるんですよあの人」


 そう言うとコンビニエンスストアアルバイト木下春菜と千葉秋葉は春先にはネルシャツがフツーの綿生地の青と白の長袖になり夏位になるとそれが半袖また秋口には春に着ていた長袖に戻り冬にはまたネルシャツと黒のコートが帰ってくるとアルバイト仲間では季節の話題として定着した彼の話を少し笑いながらした。


「何時ものようにね……」


「どういう人物なんでしょう? 田元中たもとなかさん」


 コンビニエンスストアを出た二人の刑事は彼女らコンビニエンスストア店員が話をしやすいようにと、まるでただの「家出事件の捜査に御協力を」といった態度を改めて神妙に話し出した。


 二人の刑事田元中淳子たもとなかじゅんこ警部とその部下浦切蝶間うらきりちょうま巡査長はこの事件をただの失踪事件とは思っていなかった。



◆◆◆



「田元中さん、仲川帝都なかがわていとは都立大の一年生で今年二十一に成ります」


「一年で二十一歳か……」



 コンビニエンスストアの駐車場で黒のセダンに乗り込んだ田元中淳子警部と浦切蝶間巡査長は事件のあらましを整理する、車内は外気とほとんど同じ温度でエアコンは止められていた、張り込みの時に使う事を考えて衣服を選ぶ二人にも少し寒い温度だったがそれが当たり前になっていた。


「ええ田元中さん、一度国立の文学部を合格しているのですが一年程で退学して新設された都立の工科大学コンピュータサイエンス学部に合格、入学しなおしてます」


「AIコースよね」


 田元中淳子警部と浦切蝶間巡査長は彼、仲川帝都の経歴に奇妙さを覚えていた、仲川帝都の行動を見るに彼の行動は首尾一貫して合理的行動をとっていた、コンビニエンスストアの行動を例えに出してしかり彼の性格は丁寧ではあるが無駄の嫌う傾向が顕著に現れ学部を変える、ましては大学を変えるような行動は仲川帝都のそれにして考えにくいものに思えた。


「文系バリバリから理系ですもんね、違和感ありますよ田元中さん」


「仲川は何の勉強をしてたの?」


「デープラーニングですね、コンピューターに自分考えさせる研究で、警視庁うちの監視カメラの人物特定、追跡技術にも応用されています」


「歩き方の癖とか見つけるやつね」


 田元中淳子警部は刑事の感もコンピューターに代用がきき始めたのかと新人刑事の頃先人に教え込まれた刑事の感も時代にのまれて行くと実感した、もしかしたら仲川帝都もそんな気持ちになったのだろうか? いや、彼は何かをしようとあがいたのか? 三十も半ばまで過ぎた彼女は自分の繰り返される日常と仲川帝都の日常をひっくり返した行動を比べ物思いにふける。


「でも田元中さん妙なんですよ、鑑識によると仲川帝都が大学で使っていたノート、ノートパソコン、スマートフォンは見つからないのに、財布やメガネ何時も使ってた白いスニーカーが部屋から発見されたと、それに部屋の一部に不自然な空白部分があって、たぶんパソコンの専用デスクがあったと鑑識の書類に覚書が」


「何故学生風情のパソコンやノートを?」


「ええ、自分もそう思います田元中さん」


 田元中淳子警部のその言葉は既に真実に迫る言葉だった、浦切蝶間巡査長もそれに同意する、仲川帝都は大学で勉強をしていたのではなく何らかの研究をしていたのではないだろうか? そしてその研究と共に姿を消した、いや消されたのではないのかと。


二人の刑事を乗せた車は彼の通っていた大学を目指していた。

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