ウンとフンとフウンなボク

橘 賢 Ken Tachibana

第1話

 小学5年生の頃、ボクは憂鬱ゆううつな日々を過ごしていた。理由はよくわからないが、小学校に入学した時から、女番長おんなばんちょう斉藤典子さいとうのりことその一派に目をつけられていた。ボクが祖母の教えを守り女子には絶対に手を出さないと思っていたのだろう。毎日、執拗しつよう陰険いんけんないじめを受けていた。しかも女子に痛めつけられている男子は<最低なヤツ!男の恥!>とみんなに軽蔑けいべつされていたのである。


 秋の遠足の日。その日の朝は曇天どんてんでいつ雨が降ってきてもおかしくない空模様そらもよう。朝起きた時からテンションが上がらない。女番長達にいびられるのに遠足に行っても楽しくない!そう思って逃げ出すすべを考えていた。

 「今日は遠足でしょう?さあ、元気出して!いってらっしゃい!」

 ボクの想いを察知さっちしたのだろう。祖母が気合きあいを入れる。

祖母は一見、もの静かな女性のように見えるが実際じっさいは違う。とにかく気が短い。おこらせるとおそろしい。朝からヒステリックなさけび声を聞きたくない。ボクは元気なふりをして、菓子パンやおにぎりをめてもらったナップサックを手に取り、朝早く家を出た。


 ボクが暮らしていたところは浦戸湾うらどわんに面していた。湾内は風もなく、波もおだやかだった。堤防の上から海の中を見るとスミヒキやマダイ、ニロギなどの小魚こざかなが泳いでいる。釣れそうな予感よかんがする。岩場に向かい、防波堤ぼうはていのコンクリートの隙間すきま

かくしておいた釣り道具を取り出して釣りを始めた。今日のエサは牡蠣かき。波打ちぎわの岩に牡蠣が張りついている。牡蠣打かきうちでからを開いて牡蠣を取り出す。小魚が食べやすい大きさに切って釣り針につける。簡単な方法だがよく釣れる。キャッチ&リリースなので、釣っては逃がし、釣っては逃がしの繰り返し。ついつい夢中になった。


 しまった!遅くなった!ボクは学校のグランドに続く海沿いの道を走っていた。急がないと急がないと、気持ちははやるが足は重い。右手にグランドが見えてきた。遠足には生徒全員と先生達が参加する。生徒と先生が3つのグループに分かれて行動することになっていた。1年生と2年生、3年生と4年生、5年生と6年生が3台の大型バスに乗り込んで出発を待っている。バスの運転手がプップーッとクラクションを鳴らして合図を送る。すると校舎の前に停車していた3台の大型バスが動き始め、目的地に向かって走りだした。グランドまで約200m。ボクは遅刻して学校に取り残された。


 家に帰る訳にもいかず校舎に向かって歩いて行った。校長先生の姿が見える。職員室の窓から双眼鏡そうがんきょうでボクの様子を観察している。その魂胆こんたんがいやらしい。校長先生の表情がけわしい。嵐が吹き荒れる前兆ぜんちょうだろうか?ボクは怖気おじけづいた。もしかするとボクが遅いので校長先生が祖母に電話したのかもしれない。祖母と校長先生は剣術倶楽部けんじゅつくらぶの仲間で、祖母は薙刀なぎなた、校長先生は示現流じげんりゅう達人たつじんだった。2人は俱楽部の道場や学校の体育館で手合わせをして剣術のわざみがいている。ボクにとって祖母と校長先生は絶対におこらせてはいけない人間だった。家で祖母は薙刀を使わない。祖母の武器は竹ぼうき。ボクの言動が気に入らないと竹ぼうきでたたく。手加減てかげんしているはずなのに強烈きょうれつなパンチ力。祖母が竹ぼうきを手に取ろうとしたら即退散そくたいさん。これが鉄則てっそくである。

 校長先生が<校長室にい!>と手招てまねきしてボクを呼んでいる。遅刻したばつは、校長室での正座か?体育館での剣術修行けんじゅつしゅぎょうか?<厳しく仕込んでください!>という祖母の要望に応えて、校長先生は剣術の修行だとしょうし、ボクに木刀を持たせて<いつでもかかってこい!>とうがはやいか、木刀で打ち込んでくる。必死でけて逃げ回っても、結果的には|なんぱつらうことになる。木刀なので痛い。ボクは体育館で撃沈げきちんするのを覚悟かくごした。

 「わかってるぞ!わざと遅刻したな。」

 遠足に行きたくなかった!というボクの気持ちが読まれていた。

 「じっくり体育館でおきゅうをすえてやろうと思っていたが今日は忙しい。用務員さんの仕事を手伝いなさい!」

 助かった。九死きゅうし一生いっしょうた思いだ。用務員さんは寡黙かもくな人物で会話する機会は少ないが、ボク達の要望ようぼうには笑顔で応えてくれる。いろんな無理も聞いてくれる。ボクは校長先生の次に尊敬できる人物だと思っている。


 ひと月ほど前、久しぶりに台風が上陸した。雨よりも風の勢いがすごい台風だった。夜通し突風とっぷうが吹き荒れて楠木くすのきの枝が折れ、宙を舞った。

 |台風一過たいふういっか、翌日は晴天だった。気持ちのいい青空が広がっている。裏山に行って被害の大きさに驚いた。雑木林の木々の枝が折れ、いたるところに散乱している。松の木の下で風に飛ばされたトンビの巣を発見した。ひなは?と思って探したら、少し離れた吹きまりの落ち葉の下に一羽の雛がいた。一晩中雨に打たれていたのだろう。ぐったりしていて動かない。山には野良猫のらねこがいる。昔飼っていたカナリアが野良猫におそわれたことがある。野良猫は危険だ。

ボクはあわてて家に戻り、段ボールとタオルを用意してトンビの雛を救助した。家に戻ると祖母が古い電気スタンドを手に持って待っていた。

 「雛を手で温めようとしてはダメよ。鳥は人間より体温が高いから、手でさわると冷たく感じるの。今は暖かくしてあげるのが一番。電気スタンドが役に立つわよ。」

 祖母の言葉に従ってタオルで雛の体を拭き、段ボールの中に新聞紙を重ねて雛の寝床ねどこを作った。雛は全く動かない。電気スタンドで温めて雛の様子を見守った。祖母によると雛が意識を取り戻したらモーレツにエサを欲しがるそうだ。トンビのエサはなんだろう。祖母の話では海沿いで暮らしているトンビは主に魚を食べているらしい。魚でも捕りに行こうと思っていたらひらめいた。クーラーボックスのエサ入れにアミが残っている。アミをすり鉢で細かくすってピューレ状にすれば雛のエサになる。ボクはエサの準備をして雛が目を覚ますのを待った。


 ゴソゴソと音がする。祖母が雛の巣をのぞき込んでいる。

 「雛が起きたようね。」

 早速さっそく、雛がエサを欲しがっている。アミのピューレを差し出すと食べる食べる。雛はアミがお気に入りのようだ。

 「学校に連絡したら、用務員さんがトンビの雛の世話をしてくれるそうよ。明日、鳥かごに雛を入れて学校に持ってきてほしいと言ってるわ。エサは2時間おきぐらいにあげてね。お父さんには内緒ないしょにしておくので今夜は寝ないで頑張がんばって!」

 なんと徹夜作業てつやさぎょうか。父は動物をうことをすごくきらっている。今ボクは、妹が生まれて手狭てぜまになったので、昔お茶室として使われていたはなれで寝泊ねとまりしている。ここなら雛が鳴いても父には聞こえない。絶好ぜっこうかくだ。部屋の広さは四畳半よじょうはん水屋みずやだったところは物置ものおきのようになっている。思うに、この部屋でトンビの雛を飼うのは無理だと思う。エサのアミが生臭なまぐさい。それを食べたトンビの雛のウンチはアミのなん倍も臭い。段ボールで仕切しきっているので、外に飛び出さないが、巣の中を汚したくないのか、雛のくせに水鉄砲みずでっぽうのようにウンチを飛ばす。なんとも言えない臭いが|ただよっている。お目付めつけ役の祖母も早々そうそう退散たいさんした。

 

 悪臭の中で一晩ボクは耐えた。朝になって祖母が届けてくれた朝食を井戸端いどばたで食べた。新鮮な空気を吸って生き返った気分だ。

 そう言えば心配なことがある。学校に行く間に雛が鳴き声をあげるとトンビの親鳥が気づいて襲ってくかもしれない。そうだ、雛を眠らせよう。ボクはカナリアを飼っていた時に使っていた鳥かごに雛を入れ、黒い風呂敷ふろしきおおった。このようにしておくと雛は夜になったと思って眠りにつくはずだ。

しかし暗くなってもエサを欲しがってなかなか雛は眠らない。やっと雛が眠ったのを確認して学校に向かった。家を出るのが遅くなってしまったので今日も遅刻だ。


 一刻も早く用務員さんのところに雛を届けたいと思っていたのに、教室の窓から女番長の斉藤典子が呼んでいる。

 「トンビの雛、見せなさいよ!早く!」

 どうしてトンビの雛のことを知っているのだろう。昨日、祖母が用務員さんにトンビの世話をお願いした。そうか、その時校長先生に事情を話し、校長先生が担任の宮本先生に話したのかもしれない。

 「見せてあげなさいよ。私も見たいわ!」

 宮本先生も見たがっている。それが証拠だ。仕方がない。ボクは鳥かごを教室の教壇の上に置いて黒い風呂敷を取った。<おお―ッ!>と教室にどよめきが起きる。トンビの雛は突然朝が訪れたので驚いている様子だ。クラスのみんなにお願いした。

 「雛がお尻を外に向けたら注意して!ウンチが水鉄砲のように、|いきおいい良く飛んでくるから!」

 ボクはウンチにご用心ようじん!とねんを押して用務員さんを呼びに行った


旧校舎の脇にあるガレージが用務員さんの作業場だ。作業場のすぐそばの松の木に段ボールでトンビの巣が作られていた。

 「ここなら上空から雛を見つけやすい。巣の上で雛が鳴いていると親鳥がすぐに見つけるだろう。雛を見つけたら親鳥はエサを運んできて雛の世話をする。そして雛が飛べるようになったら一緒に巣を離れるはずだ。」

 用務員さんの説明を聞いて明るいきざしが見えてきた。


 教室に置いてきた雛が心配になって用務員さんと一緒に駆け足で教室に戻る。廊下まで行くと教室から女の子達の悲鳴ひめいが聞こえてきた。

 「くそーっ!トンビにウンチをひっかけられた!臭い!臭い!」

 女番長が怒りをぶちまけている。トンビの雛がムズムズとお尻を動かしたので、女番長達はもっとよく見ようと鳥かごに近づいた。その時ウンチの水鉄砲を浴びたらしい。女番長達は顔も頭もウンチで汚れて被害甚大ひがいじんだい。鳥かごを囲んでいた生徒達もウンチのしぶきを浴びた。教室の中に悲鳴や金切かなきり声が響き渡り、我慢ならない悪臭が充満している。宮本先生が大声で窓を開けるように指示を出す。騒然とした教室のすみで髪の毛にウンチがついた女の子がシクシク泣いている。まさに地獄じごくのような修羅場しゅらばだった。


 とにかく今は教室を清掃しなければならない。ボクは用務員さんに手伝ってもらって床掃除を始めた。モップで水洗いするだけではよごれが落ちない。床の木目もくめにウンチがしみ込んでいる。強力な洗剤の力を借りてなんどもなんども床を拭いた。手も肩も腰も痛くなった。ウンチの汚れが取れるまで頑張ったが夕方までかかった。

 後日、ウンチの被害にあった生徒達の家を校長先生と一緒に訪ね、謝罪しゃざいした。しかし男子はともかく女の子達の怒りは収まらなかった。


 父の指示によりボクは中学受験を目指していた。ところがボクは努力する才能に恵まれていない。だから学力不足が問題となり、結果として塾通じゅくがよいが必須ひっすうとなった。塾がある隣町となりまちまで自転車で40分。舗装ほそうされた県道に沿って田んぼが広がっている。県道は交通量も多く危険なのでボクはいつも農道やあぜ道を利用していた。農道やあぜ道を自転車で走れば、ショートカットして10分短縮できるというメリットもある。なによりも自由な気分が味わえて快適だ。塾から帰宅するのは午後8時過ぎ。街灯がいとうもなく真っ暗なあぜ道を、自転車のライトを頼りに走るのはスリルがあって大好きだった。


 トンビの雛のウンチ事件から2週間ほど経過した金曜日。夜空には雲もなく13夜の月が輝いていた。真っ暗な夜道だと用水路に落ちないように細心の注意を払う必要がある。しかし夜道が明るかったので、ボクは油断して力強くペダルをいで暴走ぼうそうしてしまった。農道とあぜ道が交差こうさする場所にさしかかり、左折しようとして勢いあまって肥溜こえだめに落ちた。体勢たいせいが良くなかった。ボクは肥溜めの中でしりもちをついてしまった。化学肥料が普及しても肥溜めが利用されていて、肥溜めの糞尿ふんにょう現役げんえきだった。幸い表面が乾燥していてバリ、バリッと音がして、ぐにゅうとスローモーションのように腰から体が沈み込み、カサカサに乾いた糞尿の表面が胸の辺りまでせまってきて止まった。肥溜めが深くなくて助かった。糞尿に顔まで浸かり窒息ちっそくする悲劇ひげきだけはけられた。夜のやみにも助けられた。手探てさぐり状態でヌルヌルの中に手をついて立ち上がる。糞尿の色や形が良く見えないと臭いもそれほど感じない。錯乱さくらんすることもなく、冷静れいせいに周囲を見回みまわした。やばい!教科書の入ったナップサックが買い物かごから落ちて肥溜めに浮かんでいた。教科書のページに糞尿がみ込んでいたらどうしよう。ボクは急いで用水路の水で手を洗い、ナップサックの中の教科書を確認した。さすが防水加工のナップサック。教科書は無事だった。ホッとして用水路で水浴びをして体を清めた。そしてシャツも短パンもパンツも丁寧ていねいに洗って汚れを落とした。悲しくはなかった。しかし水面に写る13夜の月が笑っているように見えた。


 午後9時30分。家に戻ると母と祖母が待っていた。帰宅が遅れた本当の理由は知られたくない。そう思ってうそを並べようと思っていたら、母がボクの髪の毛をつかんで叫んだ。

 「臭いわね!どうしたの?シャツも短パンもずぶ濡れじゃない!」

 「ふふふ、間違いないわ!肥溜めに落ちたのよ!」

 ピンポーン!祖母の答えは正解だった。かわいそうに思ったのか、祖母が気休めの言葉をかけてくれた。

 「肥溜めに落ちたら幸運が舞い込むそうよ、いいわね。でも3回落ちたら全部チャラ、運がなくなるから注意してね!さあ、まずはおきよめをしましょう。」

 祖母と母はボクを井戸端に連れて行き、丸裸にして洗剤で洗ってくれた。泡だらけのボクの横で、祖母と母がくさえんを切るためにはどうすればいいか?相談していた。いやな予感がした。案の定、母のお気に入りの坊ちゃん刈りはこの日で終了。ボクは髪の毛が半乾はんがわきのまま丸坊主にされた。


 クラスでは男子の約半数が丸刈りだった。丸坊主で登校しても誰も気づかない。そんな雰囲気だったが、女番長達が丸刈りにされたことを茶化ちゃかし、からかってくるだろうと覚悟かくごしていた。登校すると校長先生がボクを呼び止めた。

 「そうか、肥溜めに落ちたのか?それで丸刈りにされたのか?これはたたりじゃ、祟りじゃ!」

 校長先生は楽しげに大声でじゃべり、なんども話を繰り返した。それを多くの先生達や生徒達が聞いてしまった。悪いうわさはすぐに広がる。女番長とその一派が、ほこったように声をそろえて大合唱。

 「肥溜めに落ちた♪ 肥溜めに落ちた♪ 肥溜めに落ちて丸坊主にされた♪ 」

 ボクはたまたまの偶然で祟りではないと思う。でもトンビの雛の臭いウンチを頭から浴びた女の子達、特にべそをかいていた女の子が、女番長達のお囃子はやしに合わせて手拍子を打って笑っているのを見て、これは祟りでも仕方ないと思った。


 「丸刈りの方がいいよ。アスリート風にイメチェンだ!」

 用務員さんには好評だった。用務員さんの午前中の仕事は砂場の整備。ボクはスコップや砂ふるいを取りに用務員さんの作業場に行った。作業場に入るのは初めてだ。入口を入って正面には窓があり、校舎の裏庭に植えられた木々の間から木漏こもれ日が見える。窓から日差ひざしが射し込んでくる作業場はりんとしていて気持ちがいい。整理された部屋の真ん中に作業台。北側の壁にはスケジュールが書き込まれたホワイトボードと工具用のボードがあり、ドライバーをはじめノコギリ、ペンチ、ハンマー、レンチ、塗装用のハケなどが整然と並んでいる。少しオイル臭いところが作業場らしい。南側の壁にはバイク用のハンガーがあり自転車がかけられている。

 「この自転車は?」

 「片倉シルクのロードレーサーだよ。これでツーリングを楽しんでいる!」

 「すごいなあ!」

 ボクは美しい自転車にため息が出るばかり。将来、このような精悍せいかんな自転車に乗ってみたい。用務員さんは実業団じつぎょうだんで自転車のツーリングレースに出場していたそうだ。しかし怪我けがをしてレースが続けられなくなり、今はアマチュア・チームでツーリングをエンジョイしているという。用務員さんは思っていた通り、本物のアスリートだった。用務員さんの話を聞いてマシンにさわって、とてもれやかな気分になった。


 いつの間にか空は晴れ渡っていて雲一つない。少し暑い。砂場では作業が進んいる。古い砂を砂場の片方に集め、砂がなくなったところに小型ダンプが運んできた新しい砂が山積やまずみされている。

 「古い砂をふるいにかけるから手伝って!」

 用務員さんが古い砂をスコップですくい、砂ふるいに乗せる。ボクは砂ふるいを前後に動かしてゴ三を取る。作業を続けながら砂の中にいろんなゴミがあるのに驚いた。針金はりがねくぎ、ガラスの破片はへん、おもちゃやプラスチックのほか、石ころのように固くなった犬や猫のウンチも出てくる。ボクはなんども砂場でウンチをしている猫に遭遇そうぐうしたことがある。追い払おうとしても逃げない。

 「困ったことに、猫はフワフワの砂の上で用を足すのが好きなんだよ。砂場を自分のトイレだと思っているんじゃないのかな。」

 用務員さんは猫除けのためにゼラニウムを植えたプランターを用意していた。ゼラニウムの匂いが刺激的なので猫が寄って来ないらしい。砂場の整備が終わった後、砂場の周囲にゼラニウムのプランターを並べ、じょーろで水をかけた。殺風景さっぷうけいだった砂場が急にはなやかになった。

  気がつくと時間はお昼近く。きっと雨になるだろうという予想は大外おおはずれ。こうなると遠足に行かなかったことがやまれる。


 午後は蛍光灯を交換する作業を手伝った。作業が終わったので、ボクは視聴覚室で用務員さんから借りたツール・ド・フランスのDVDを見ていた。ツール・ド・フランスは毎年7月、フランスと周辺諸国を23日間かけて走破そうはする世界一の自転車ロードレースだ。信じられないような壮絶そうぜつなレースが繰り広げられている。

 夢中になってDVDを見ていたら電話のベルが鳴って、校長先生の大きな声が聞こえてきた。

 「なに?5年生と6年生が集団食中毒?とにかく詳細な情報をくれ!それから保護者に連絡を入れる!」

 <大変なことになった!大変なことになった!>と校長先生があわてている。用務員さんを呼びに行って戻ってきたら、担任の宮本先生から電話が入り、少しずつ詳細が明らかになった。5年生と6年生に配られた弁当が悪かったらしい。生徒達は激しい嘔吐と下痢に襲われて、公園やみやげ物店のトイレに殺到しトイレを奪い合った。女番長とその一派の女の子達もウンチまみれ。女番長は便器にしがみつきながら<肥溜めに落ちたバカの呪いだ!>と叫び続け、病院に運ばれる救急車の中でもうわごとのようにつぶやいていたそうだ。

 女番長の斉藤典子は<災いはすべてボクの呪いだ!>と主張した。そしてみんなが賛同した。その結果、ボクは総スカンをらって学校で一番の嫌われ者になった。


 そう言えば、祖母が言っていたことは正しかった。<肥溜めに落ちたら幸運が舞い込んでくる。でも3回落ちたら全部チャラ!運がなくなるから注意しなさい!>

なるほど、ボクは遠足に参加しないで食中毒をまぬがれた。しかし全校一の嫌われ者になった。こんな最悪な状況の中でもボクは納得した。祖母には報告してなかったが肥溜めに落ちたのは3回目だった。だからなるようにしかならなかったのだろう。


                               (おわり)


 


 

 

 







 

























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ウンとフンとフウンなボク 橘 賢 Ken Tachibana @kamegamori

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