斜日


 階段を降りていった三人を見送り、東京は五組の鍵を閉めようと体の向きを変える。すると廊下に一つの人影を見つけた。その人は窓の縁に寄りかかりながら静かに外を眺めている。


「何やってんの奈良」


 東京の声に奈良と呼ばれた人物が振り返る。彼は東京の姿をみとめると、柔和な笑みを浮かべてふわりと答えた。


「暇だったから中庭眺めてただけやで」


 彼は窓から離れると東京に近づきながらその瞳を細める。


「なんや楽しそうやったなぁ大阪たち」


「だな。あんまりうるさくしすぎなきゃいいけど」


新原にいばら先生がひかない程度に、やな」


 微笑ましそうに笑う奈良に「全くだよなぁ」と東京はため息をつく。


「お前もそろそろ帰れよ、たぶん昇降口閉まる」


「うん分かった」


 全ての教室の鍵を閉め終えた東京が階段の方へと消えると、日中はがやがやと騒がしい廊下が静寂に包まれた。そこに降り注ぐ夕日の中で、奈良は一人、懐かしそうにポツリと呟く。


「妹子なぁ」


 すっかり人気ひとけのなくなった校舎には、そんな彼の呟きを知るものはいない。彼はポケットからスマートフォンを取り出すと、メールに「この間はありがとう。今度は俺がそっちに遊びに行くで」という文字を並べる。そして、一番長い付き合いの幼馴染を思い浮かべた。


 それは、今年の春のことである。奈良は久しぶりにその幼馴染に会っていた。彼は中国にいるのだがわざわざ会いに来てくれたのだ。お互いに昔のことを語り合いたい気持ちもあったのだろう。彼は快く奈良の誘いにのってくれた。

 だから、今度は奈良の方から会いに行きたいと思った。丁度、来年は二人にとって節目の年でもある。次に会う時は自分が海を渡ろうと決めていた。


 そう思って奈良はメールの内容を確認する。

 彼は日本ここよりも一時間ほど遅れた時を過ごしているのだろう。この時間は忙しいだろうかとも思ったが、少し迷ったのち奈良は並べた文字を送信した。そして、それが「西安」と書かれた連絡先に送られたのを確認すると、彼はスマートフォンをポケットにしまい込む。


 奈良が学校を出ると既に日は西に落ちかけていた。どこか眩しさの残る夏の夕日がゆったりと東京の街を橙に染めている。


「没する日も充分綺麗やと思うんやけどな」


 夕日を眺めながら呟かれたその言葉は、赤い西日に溶け込むように消える。そんな彼の背後では、白い三日月が太陽に負けじと輝き始めていた。その光に見とれるように奈良は一度歩みを止める。


 明日、東の空に日が昇る頃には彼からの返事が帰ってきているだろうか。色鮮やかな空の下、そんなことを考えながら、奈良は赤く照らされる丘を下ろうとゆっくりと歩き出した。







 ー 第一話・ようこそ我が学び舎へ 完 ー


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