神奈川



「で、なんやねんいきなり呼びつけて」


 不機嫌丸出しの大阪の声に、廊下で談笑していた東京が振り向いた。


「いや、そろそろ学校内案内しないとなって」


「えーお前が案内するん?」


 大阪はみのりのことを気に入っているようだ。それを感じとったのか、東京は「次のLHRの時間は新原にいばら先生の歓迎会やっていいから」とため息混じりに言う。

 すると、その言葉に大阪も観念したらしい。名残惜しそうに実に視線を向けながも、「絶対やで」と言ってとぼとぼと教室へと引き返していった。


 それを見届けた実は東京たちの方へと向き直る。

 東京と話していたうちの一人は、先ほども生徒会室で一緒になった副会長の愛知だった。

 自己紹介でも感じたことだが、彼は少々人見知りらしい。実のことを気にしてはいるようだが全然目を合わせてくれなかった。大阪いわく、「初対面の人に対してはあぁやけど、慣れたら慣れたで口うるさいで。割りとオカン気質やねん。そのくらいで丁度ええんとちゃうか?」とのこと。みのり的には、「あの東京と大阪の間を取り持っていればオカン基質になるのでは?」などと思ってしまうが、本人の前では言わないでおいた。


 まぁそのうち慣れてくれるだろうと期待し、もう一人の男子生徒に目を向ける。

 初めて見る顔だが、東京と同じ制服なところを見ると関東の県なのだろうか。長い前髪を実から見て左に流し、切れ長の目が子供っぽさと大人っぽさを兼ね備えたような輝きを放っていた。


 彼の方をじっと見つめていたからかふと視線が合ってしまう。しかしすぐに爽やかな笑みを浮かべるあたりを見ると、愛知とは対照的に対人関係には慣れているようだった。


「初めまして。新原実先生でしたっけ?」


 目と同じく、子供っぽさと大人っぽさの双方を含んだ声が実に問いかけた。


「は、はい。初めてまして」


 実がぎごちなく言葉を返すと、キラキラとしたオーラをまとった彼は目を細めて実に向き直った。


「俺、神奈川って言います。まぁ東京の右腕って感じですね」


 彼の自信満々なその言葉に東京が複雑そうな顔をする。彼は大阪と比べると自分から目立とうとしている雰囲気はない。しかし「自分には自分の魅力がある」ということをよく分かっているのか、どこか自信に満ち溢れていた。東京もそれは感じているのだろう。


「学校案内するなら俺ら教室戻ろうか?」


 そう切り出したのは二人を傍観していた愛知だ。その問いに東京は「悪いな」と応える。


「実先生。大阪があまりにもうるさかったら、いつでも相談に来てくださいね。関東一同待ってますので」


 そんな神奈川に、こいつなかなかやりよる、などと思う実であったが、当の神奈川本人は至ってサラッとしている。「いちいちうるせぇよ」という東京に対し、「別にいいじゃん」などとカラカラと笑っていた。


「ほら、もう行けよ」


 そんな東京の言葉につつかれて、二人は実に頭を下げるとそれぞれの教室へと帰っていった。


「じゃあ、軽く学校内を紹介させていただきますね」


 残された実は東京に顔を向ける。そして、その微笑みに連れられて教室棟の廊下を後にした。













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