先生


 横で大阪と兵庫のやりとりを見ていた功太は、通常運転の二人に呆れた顔をした。


「はいはい、初っ端から全力疾走で何よりだよ大阪くん。まずは新原先生のことはって呼ぼうか」


 そういう功太に「え〜でも実際堅苦しいやんか」と大阪が口を尖らせた。そんな彼を見て、「ただのボケじゃなかったんかい!」と功太が大阪の肩を肘でつつく。


 そんな中、当の本人である実は少し頬を赤らめていた。非日常的な出来事の連発で意識できていなかったのだが、今の実はなのだ。教育実習生とはいえ、彼ら生徒から見れば先生である。初めて自分に向けられたその言葉に、実は一人感銘を受けていた。

 教師をいつから目指し始めたのかは忘れてしまったが、ずっと憧れていたその呼び名が、今、自分のものとなっている。そのことに気づいたら、泣きたくなってしまうほどに心にしみる何かがこみ上げてきた。

 だからだろうか。


「実ちゃんはやっぱりあだ名つけられるより先生って呼ばれる方がええの?」


 突然下を向いて動かなくなった実に大阪は不安を感じたらしい。顔を覗き込もうとするような体勢で発せられたその問いかけに、実は少し惹かれるものがあった。ぶつかった彼の真っ直ぐな瞳に、思わず頷きそうになってしまう。

 しかし実は小さく微笑むと、「ううん」と首を横に振った。


「私は今まで通り実ちゃんって呼び名がいいかな。なんだか慣れてきちゃった」


 その「先生」という呼び名は、今の実には少々小っ恥ずかしく責任の重い言葉に思えた。教員を目指す教育実習生たるもの、もしかしたらその言葉にいちいち恥ずかしがっていてはいけないのかもしれない。しかしそう呼ばれると、どうも胸がむずむずとしてもどかしいのだ。

 先生と呼んでもらうのは、ちゃんとした先生として校門をくぐれたその時からがいい。と言っても、先生と呼んでくれる生徒はこの学校にもかなりいるだろう。しかし、まだまだ自信の無い自分がそれを受け止めきれない気がする。


 まぁ、それが可能になるのはきっと一般のの学校······この校舎にいる間は、自信を持って「先生」という呼び名を受け止められないかもしれない。しかし、今はそれでもいいやと内心笑ってみる。せっかく半年もの猶予があるのだ。ゆっくり進めばいいだろう。


 そんな実の心を知ってか知らずか、首を横に振った実に大阪はパッと笑顔を見せる。


「なら実ちゃんって呼ぶな!」


 そんな大阪の明るい声に、実は明るく「うん」と応えた。そんな実に教室中の皆が微笑んだところで、実の背後にあった扉がガラガラと開いた。





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