教壇
「はいはい、とりあえず新原先生に挨拶するのが先だろう」
そんな功太の声に、教室を見渡していた実は半ば驚きながら教卓に視線を向けた。すると、ちょうどこちらを向いた功太とばっちり目が合った。
なるほど。功太も好奇心の強そうな瞳をしている。大阪と気が合うわけだ。
そんなことを考え、実は彼に手招きされるがままに教卓へと向かった。そこには教壇があるため、教室の床よりも八センチメートルほど高い。視線が少し高くなったせいか、教室の様子が少し違って見えた気がした。そんな十センチもない高さとはいえ、教える側として教壇に上がるのは初めてである。実はその教壇がどこか高すぎるように思えて仕方なかった。
「じゃあ、先ほど集会でも自己紹介をしてもらいましたが手短にもう一度お願いできますか? あ、黒板にお名前書いていただけると嬉しいです!」
そんな功太の言葉に、実はチョークを持って黒板と向かい合った。眩しい日差しが反射するそこにそっと円柱状の筆をあてる。新学期に入り新調されたのか、角がまだ取れていないそれは黒板にぶつかってパラパラと乾いた白い粉を落とした。
三十一画目。
最後の線を書き終えると、チョークをおいた実はくるりと回って生徒達に向き直る。
「初めまして! このクラスでお世話になります、
ぺこりとお辞儀をして湧き上がる拍手の音とともに顔を上げた。そんな彼女に対し「こちらこそよろしくお願いしますね、新原先生」と功太が笑顔を向ける。
教室を見渡すと輝かしい生徒達の笑顔がこちらを向いていた。それに少々恥ずかしさを感じ、実は はにかんだ笑顔でその視線を受け止める。
「はいはーい! ヨッシーそこどいてぇな、話し合わなあかんことあんねん」
そう言って突然自分の席から飛び出してきた大阪が、功太を押しのけて教卓に向かう。いつもの事ではあるが、軽々しくヨッシーと呼ばれた上に体当たりをくらった功太は「勝手に進めるな大阪」と肩を落とした。
しかし、大阪はそんなことを気にしていないらしい。功太のことなどお構い無しに教壇に上がった彼は、実に顔を向けにかっと笑うと、チョークを持って何やら黒板に文字を書き始めた。しばらくしてカツカツとしたチョークの音が消えると、大阪は実に向き直り、指先にチョークのついた右手でバンッと黒板を叩く。
「実ちゃん! あだ名どれがええ?」
その言葉に続いて、教室内に一瞬静寂が訪れる。
「何を決めようとしてんねんお前っ!」
静けさを破った聞き覚えのある声に、実はそちらに顔を向ける。すると、勢いはあれども半ば呆れたような顔でツッコミをいれる男子生徒が一人。
「何やねん兵庫。実ちゃんのあだ名大事やろ?」
そう言うと、ツッコんで貰えた大阪は満足そうな顔で笑う。そんな彼の笑顔の先にいるのは、今朝大阪と一緒に見かけた黒髪の彼だ。兵庫と呼ばれたその男子生徒は、そんな大阪の様子に額に手をあててうなだれた。
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