故郷


「新原先生って東京都ご出身ですか?」


 その言葉にみのりは素っ頓狂な声を上げた。

 どうして分かったのだろう。そもそも何故このタイミングで?

 実はそう思ったものの、素直に「はい」と頷く。


「んー、やっぱり自己紹介からした方がいいのかなぁ······ちなみに新原にいばら先生は四組を担当するんでしたっけ?」


「え、ほんまっ!?」


 生徒会長の問いにいち早く反応したのは茶髪の彼であった。彼は嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。


「お前話聞いとけよ。さっき飯田いいだ先生が言ってただろ」


「えー? でも実ちゃんどこの人なんやろなぁとか考えててん」


 ますます混乱し始めた実をよそに、二人はやいのやいのと言い合いを始める。しかししばらくしてため息をついた生徒会長は、呆れたように茶髪の彼から視線を外した。

 そして完全に置いていかれている実にようやく気がついたらしい。彼は何も言わずに教室の隅への向かうと、そこに置かれていた戸棚から一つのファイルを取り出した。


「あの、これ四組の名簿なんですけど······ちょっと見てみてください。戸惑うとしか思えませんが一応こういう事です」


 手渡されたのはその言葉通り「四組生徒名簿」と書かれたバインダーであった。


 戸惑う?名簿に?

 実が恐る恐る表紙を開けば、その下に七名の名前が刻まれている。その名簿を一通り眺めた実は、「はえっ?」と今日一番に間抜けな声をあげた。そしてその目を丸くすると、そのまま喋りもせずに固まってしまう。


 その反応に、生徒会長が「やっぱり」というような顔をした。そんな彼の後ろでは、他の生徒達も面白そうに実を見ている。

 しかし、実が固まってしまったのも無理はない。そこに刻まれていたのは、明らかに人名とは思えない名前ばかりだったのだ。


-4組生徒名簿

 三重、滋賀、京都······


 それはどう見ても人名には見えない。

 いや、確かにそのような名字を持つ人もいるらしいが、ここまで続けざまに並べられるとおかしいのは明らかだった。


「これって······都道府県?」


 その名前から連想したものを実は素直に声に出す。その言葉に、生徒会長の瞳が静かに頷いた気がした。


「では詳しい説明は後にするとして······大変遅くなりましたが、自己紹介をさせて頂きますね」


 そう言うと彼は改めて実に向き直る。その時、彼が次に発するであろう言葉を実は知っている気がした。

 何故なのかは分からない。ただそれが、彼に対して抱く妙な既視感や親近感の答えなのだと······実にはそのような確信があった。


 私は彼の名前を知っている。


 不意に浮かんだその言葉が実の頭にこびり付いた。彼の名前など知っているはずがないのに、何故かそんな気がしてならなかった。


 初対面の彼。

 なのにどこか懐かしい彼。


 その矛盾に実は妙な違和感をおぼえる。しかしそれを不快だと思わない自分もいる。確かに存在している。それはきっと、実がこの地に生まれた者だからなのかもしれない。


 ふと窓から差し込む光を辿れば、何度も見てきたこの故郷の、夏の眩しい青空が見えた。不思議な感覚······でも、幼い頃に感じたことがあるような心地の良い感覚。それに囚われたまま、今度は真っ直ぐに生徒会長を見つめた。その時、彼の吸い込まれそうな深い瞳にどこか父母のようなあたたかさを見た気がした。


 すると、彼は実の心を読み取ったかのように、その灰色味がかった瞳を細め、ふわりと優しく微笑んだ。


「初めまして······とは言えないかもしれませんね。この学校の生徒会長、そしてこの日本くにの首都を務めております、です。これからお世話になります、新原先生。そしてこれからもどうかよろしくお願い致します、新原実にいばらみのりさん」






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