最終話『姉の背』

 ほどなくして二人は帰った。

 僕は弥生と話す。

「僕たちが、幹部か…」

「岳流はやるのよね? これも由祈さん関連だから」

 弥生は確認するため訊いてくる。僕の答えは決まっていた。

「うん。彼らから姉ちゃんの活躍を聞けるかもしれない。僕の知らない彼女をもっと知りたい」

 僕に復讐心はもうなく、あるのはただ姉への純粋な憧れだった。

 彼女の成した偉業の数々を自分も成すことで、自身と彼女の差を少しでも埋めたかった。

 姉のような存在になる。これからは、そのために生きていこう。

「弥生には、一緒にやってほしいと思ってる。でも今まで以上に危険も多くなる。無理にとは言わないよ」

 弥生もまた、即答した。

「私もやるわ。二人の方が危険は半減する。それに由祈さんは私にとっても憧れだもの」

「じゃあ行こう、1000階でみんなが待ってる」

「ええ、アヤより申請」

「入場」

「千の塔」

「1000階」

「中枢都市」

 僕らの意識が闇に呑まれ、別の情景に切り替わる。


「久しぶり、アヤちゃん。クサナギくん。待ってたよ」

 着いて早々ミヅキさんに声をかけられた。

「こっちだよ。本当は幹部しか入れない部屋なんだけど、正式に決まりそうだから先に案内しちゃうね。特別だぞ」

 彼女に連れられたのはお馴染み『脳戦士会議所』だった。

 通ったことがないどころか存在すら知らなかった細い通路を抜けて、黒曜石の扉をくぐる。

「来たね。ミヅキ、案内ご苦労様。ここにいるのは今日本の脳戦士を支えている幹部八人。今から君達を幹部に招き入れるかの採決を取る。ここに来たということは、本人たちはやる気十分って解釈でいいかな?」

「「はい!」」

「良かった。そしたら二人には、決意表明を話してもらおうかな」

 ミヅキさんにそう言われ、僕たちはみんなの前に立った。

「では私から。私は群れるのが嫌いでした。人間として生きるのも、脳戦士として戦うのも、一人で大丈夫だと思っていました。でもクサナギとの出会いが私を変えた。彼のお陰で私は、協力する素晴らしさや仲間の大切さを知れました。そんな彼に誘われたから私は今ここにいます。彼を守り支えるのが、私が戦う理由です。そのためなら私は、何だってする覚悟です。これからよろしくお願いします」

 拍手が起こる。そしてみんなの視線が僕に向いた。まるで、値踏みするように。

「僕には姉がいました。もう亡くなってしまったけど、素晴らしい姉でした。彼女は人に殺されました。先日僕は仇を討つことができましたが、それは僕のしたかったことの一つに過ぎませんでした。姉を殺した人を倒せば、姉を超えられると思っていたんです。どうやら僕に初めから復讐心なんてなかった。恨むと言っておきながら、姉を殺した件について少しも恨んでいなかったのかもしれません。でももうそれでいいって気づけました。僕にとって復讐は、復讐の形をした試練でした。僕の…」


 この世界には、科学的に説明のつかない事象が数多く存在する。

 その殆どは『脳獣』という、人間の想像力が生み出した生命体が引き起こしている。

 僕達『脳戦士』の仕事は、人間に害をなした脳獣を倒すこと。そして僕の場合、人間に害をなした脳戦士を倒すこと。

「アヤ! そっち行った」

「任せて。『気象変更:雪』」

 いつだって死と隣り合わせで、今日姉のようになることを否定はできない。

 だけど、辞めるわけにはいかない。

 優秀な姉を持ち、比べられてきた僕。

 姉が死んだ後も、姉の残像と比べられてきた。

 だからこそ、結果を出すまで辞められない。

 姉のように…姉を超えた脳戦士になるために。

「クサナギ! トドメはお願い」

「『想像創造』『天叢雲剣』」

 善と悪は表裏一体であり、どちらになるのも簡単だ。

 人に害なす脳獣がいる一方で、彼らと戦うことに協力的な脳獣がいる。

 人間もそうだ。他人のために行動できる人、自分のことしか考えられない人。

 それは僕も例外ではなく、姉の仇を前にして、善でいられたとは言い切れない。

 だけど、今の僕は大丈夫だ。

 この胸に姉の存在を感じる限り、

 隣に弥生がいてくれる限り、

 僕はずっと世界のために剣を振い続けるだろう。

 あの日の決意を胸に抱いて。


「僕の、姉を超えるというたった一つの目標のための。だから僕は姉が務めていたこの仕事でも姉を超えたいと思います。そして胸を張って『煌めく星砂』ユイの弟を名乗れるようになりたいです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る