第2話『推薦』

 あまり広くないダイニングテーブルに僕、弥生、風兎、水希、ユイカが座ると、場の空気が一気に引き締まったのを感じた。

「じゃあ、俺達が別に岳流の事を殺しに来たわけじゃないって信用してもらったところで、本題に入ろうか。……でもその前に喉が渇いたね。一度何か飲もうか」

「はぁぁぁぁ」

 その時、水希さんが大きくため息をついた。

「じゃあ、あたしが話すよ。あたし達がここに来たのには、ちゃんと目的があるの。じゃあ、あと風君よろしくね」

(え、今自分が言うって言ってたよね? なぜ丸投げした?)

(元々あなたの仕事でしょ? 引導渡してあげたんだから寧ろ感謝すべきよ? 前置きなんていらないの!)

(でも、またこの話したら掴みかかられそうでさ。タイミングをちゃんと見極めないと…)

(あなたの言うタイミングっていつなの? 百年後?)

(………)

 二人の会話が脳に直接響いてくる。なるほど、これが『テレパシー』か。

「………はぁ。君達二人に幹部への推薦が来ている。『ブラックリスト排除要員』にクサナギ。『ブラックリスト排除要員補佐』にアヤだ。『排除要員』はユイのやっていた仕事だし、やる気はあるか?」

「「………」」

「本当に、幹部の推薦が私達に来たんですか?」

「まぁ、驚くのも無理はないわよね」

「か、幹部ってあの? 脳戦士をまとめ上げるあの幹部ですか?」

 脳戦士はほとんどがただの脳戦士で、会社で言うなら、平社員だ。

 そして、社長にあたる脳皇。更に、人数もメンバーも明かされていない、脳皇直属の偉い人達。彼らで構成された組織『幹部』

 会社なら管理職とか重役とか呼ばれているポディション。

 ワンランクどころではない昇格。

「そうよ。あと思ってたけど風君にはタメ語なのに、あたしには敬語なのね。なんで?」

「いや、それはなんというか、第一印象的にフウトは格下しただなって脳が勝手に判断してしまいまして…」

「そっかー。そうなのか。じゃあ、あたしもタメ語でいいよ」

 終始笑って言った。ちょっと怖い。

「で? なにか質問ある? なんでも聞くよ。風君は頼りないからあたしが代わりに」

「じゃあ、三つ」

「お、ほんとに最初に数提示するんだ。ラップトップ君に聞いてた通りだ」

「え? じゃあ、質問四つにしていいですか?」

「ゴメンね。今完全にあたしのせいで質問増やしちゃったよね? あと敬語」

「ごめん。まず一つ目。姉ちゃんっていつから幹部だったんで……だったの?」

「えっとね、いつからかは分からないけど、あたし達が入ってきた時にはもういたよね?」

「あ、ああ。いたな。だから、少なくとも今から二年前にはやってたんじゃないか?」

「そうなんだ。じゃあ、二つ目。その仕事って何するの?」

「「………」」

 急に二人が黙る。自分は知らないとでも言うように目を逸らして合わせようとしない。

「話してよ! さっきは大雑把だけど話してくれたでしょ⁉︎ そのための時間でしょう?」

「いや、なんて言うの? 二つ目で核心か〜って思っちゃって」

「その冷静さと質問の飛躍。振り幅が大きくてギャップとしてはありだな…でも、やっぱり水希の、真面目そう見た目と明るい性格のギャップは至高だな…」

「ちょっ、風君! 嬉しいけど、初対面の人の前で性癖晒さないの!」

 さらに、風波風兎が格下になった瞬間だった。


「まあ、後で詳しい話を受けると思うから今は保留で。ゴメンね?」

「まあ、いいけど。じゃあみっつ目。なんで僕と弥生が選ばれたんだ?」

「まあ、推薦した二人にはそれぞれ思うところがあったみたいだよ。なんていうの。詳しいことは本人達に聞いてもらいたいんだけど、あたしから一つ言えるのは、二人が選ばれたのは決してユイの弟だとかそういうんじゃない。まあ、弥生ちゃんはちょっとそういう所で選ばれちゃった気がするのは否めないけど、あたしは二人の人間関係がつくった運命ってやつだと思ってるよ」

「いい感じにまとめたね」

「だろ? 見た目からは想像できない明るさとあどけなさ。やっぱり可愛い…」

「今日暴走率高いね。ゴメンね? あたしが可愛い所為だね」

「分かる? この台詞ボケてるんだよ? そんなことしそうな顔に見える? 見えないよね…」

 だんだんと呼吸が荒くなってきた。大丈夫かこの人。

「ゴメン。自重します…。まあ、見ての通り彼は『ギャップ』が好きなの。で、この大人しそうな見た目とこの明るい性格のギャップに一目惚れ。それで? 四つ目どうぞ」

「ラップトップって幹部なの?」

「さすがクサナギってだけあるね〜岳流君。そうだよ。彼は脳戦士日本幹部の一人。役職は『脳戦士管理』の『全知』のラップトップだよ」

「マジか…。じゃあ僕の推薦って…」

「違うよ。ていうか五つ目かな?」

「あ…」

「別にいいのいいの。あたしそういうところ軽いから」

「見える? 真面目そうで堅そうな見た目だよね? でも、そういうところ軽く…」

「うん。帰ったらゆーーっくり聞くから今は黙ってね。で、弥生ちゃんは何か質問ある?」

「ええ、二つ。『全知』って、『全知全能』の一人の通り名よね?」

 弥生が『全知』に過剰に反応した。

「うん。そうだよ」

 先程、幹部の人数やメンバーは明かされていないと述べたが、漢字二文字で構成された通り名だねは広まっている。その内の一つ『全知』

 他の役職『全能』とセットで『全知全能』と呼ばれている役職。『ハッキング』を使って相手の全てを知るラップトップにはふさわしい名前だろう。

 弥生もラップトップのことは知っているので、それなりに思うところはあるのだろう。

 例えるなら、自分の友達が実は総理大臣の子供だったみたいな感覚だ。苗字が同じでそれっぽいヒントはあったんだけど、結びつけるには至らなかった。的な。

「二つ目は、全然関係ないのですけど、お二人ってどういう御関係なんですか? 苗字が同じということは、姉弟きょうだい?」

「おい、今地味に俺を弟にしただろ」

「当然でしょ? あたしの方が大人っぽいんだから。ナイスクエスチョンだよ、弥生ちゃん。あたしたちは夫婦だよ」

「自称、な。誰の許可もらって風波名乗ってんだよ」

「お義母さん」

「あの人は本当に…」

 風兎は頭を抱える。なんか可哀想になってきたなこの人。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

「そう。なら、今後の話なんだけど、今夜十時頃に幹部のみんなで二人を入れるか話し合いをするの。だから、忘れずに来てほしいのと、そこで話す内容を考えておいてくれる?」

「うん。分かった」

 話は終わったようだ。僕は二人を見送ろうと立ち上がろうとした。しかし、水希さんが手を合わせた。

「じゃあ、真面目な話も終わったところで、お話でもしよっか!」

「お、お話?」

 僕も訊きたい。

「うん。あたしと弥生ちゃん、風君と岳流君でお話しするの。世間話みたいなの。だって、この二人仲悪いし」

 と僕たちをジト目で見た。

「たしかに」

 と弥生も笑う。

(結構傷つく…)

「じゃあ、弥生ちゃんとあたしはここで、岳流君は風君を連れて、自分の部屋に行ってくれる?」

「あ、うん」


 佐々木家、岳流自室。

「まだ俺のこと信じられない?」

 弥生は水希とすぐに打ち解けたようだ。だけど、僕はまだ風兎と仲良くなれる気がしない。しかしこのままではいけないと思い、二人きりになったときに向き合うことに決めた。ちゃんと決めた。今がそのチャンスだと思う。

「当たり前だよ。喧嘩を売ったのは僕だけど、出会ってすぐに戦おうなんて言ってくるやつの言うことなんて信用できるか!」

「そうだよねぇ。悪かったよ。生憎、俺はあのやり方しか知らない」

 風兎は、少し悲しそうな顔をした。

「俺はさ、人ってものを自分しか知らなかったから。自己中心的って言うか、自分しかいなかった。今は水希がいるけど、今までの癖が簡単に変わるわけがない。俺は、自分だけ良ければそれでいいって考えの人間だ。自分しかいなかった時から、水希がいる今までずっと」

「そうか…」

 合いの手を打つが、特に意味はない。何も思っていなかったが、何か言おうと思ってそれが出た。

「でも、岳流は違うだろ。由祈から色々聞いた」

[私が、クサナギの近くにいるから、現実世界でも、脳内世界でも、みんな私と彼を比べたがるの。だからさ、クサナギは私になれば認められると思ってる。私がクサナギを縛ってるの。『金縛り』の如くね。ねぇフウトくん。もしあなたがクサナギと話すことになったら言ってあげて。ユイの真似をする必要なんてないんだって]

「そばにいたから、そうなった。いなかったから苦労した奴といたから苦労した奴。お互い大変だな」

「そうだね。それで、僕は今排除要員姉ちゃんの役職に選ばれているんだよね。少しだけ、姉ちゃんに追いつけた気がするよ」

「岳流は、どうして脳戦士を続けているの? 身内が亡くなったら、怖くて辞める人も少なくないんだけどさ」

 風兎が訊いてくる。答えられる質問には、なるべく答えたいと思う。

「前に、ラップトップにも同じことを訊かれた。その時は、姉ちゃんを殺したやつに復讐するためって答えた。でも、終わった今でも僕は脳戦士を続けている。本当は僕、姉ちゃんを超えたかったんです。姉ちゃんを殺したやつを倒せば、姉ちゃんを倒したことになるかと思って。でも、それだけじゃ姉ちゃんは越えられなかった。姉ちゃんは、いろんな場所で高い地位を手に入れていた。No.1もそう。それに、知らなかっただけで、幹部に役職だって持っていて…」

「そうだね」

「僕は、それが全部欲しい。姉ちゃんのものだったものを全部僕のものにする。それが僕が脳戦士である理由で、目標」

「そうか」

 彼は小さくうなずいた。


 同刻、佐々木家ダイニングルーム

「さっきさ、弥生ちゃん、『全知』に反応してたけど、どうしたの?」

「ああ、あれは、友達に誠太せいた…ラップトップの彼女がいて、その子が私に[誠太って、なんでも知ってるんだよね。『全知』って感じでさ]って言ってたから、もしかしたら彼女、ラップトップが幹部って知ってたのかなって思ったの」

「ん〜? どうだろ。別に幹部だって言うことは、禁止されてないんだ。ただ、言ったら言ったで面倒臭いから言わないだけ。ラップトップ君は、その子のことを信用してたのかもね。それなら知っててもおかしくない」

「そう。ありがとう」


 僕らは、しばらく会話を続けた。水希さんの思惑通り、少し仲良くなれた。

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