第1話『皇の到来』

 クリスマスから、二ヶ月が経った。短いはずなのにとても長く感じる。

 あの時、姉ちゃんの仇である『血色けっしょく死神しにがみ』を、愛剣『天叢雲剣あまのむらくものつるぎ』で殺そうとして、鍔迫つばせり合いになった。アヤと二人で剣を押し込んでなんとか倒したが、僕は知っている。

 。僕たちを人殺しにするために。余興好きの彼は、自らの命をもって、佐々木ささき岳流たけるの殺人ショーを成功させたのだ。

 そして、それに気づいた僕は、改めて、人を殺したことを実感した。

 故に、その舞台となった脳内世界に行けなくなった。

 それからというもの、弥生は毎日僕の家に来て一緒に居てくれる。朝に学校に行く時も僕の家の前で待ってくれている。帰る時も然り。寝泊りするとも言ったのだが、僕が必死に留めた。さすがに女子と一緒に寝るのはどうかと思う。

 まあ、昔一度あったけど、あの出来事は、今となっては昔のことだ。要は黒歴史。

 忘れたいので詳しく掘り返したりはしない。


 朝、早く目が覚めてしまったがためにそんなふうに思考を巡らせてみたものの、考えすぎだという結論に至り、階段を降りた。降りてすぐ目の前にはキッチンがある。そこで、エプロン姿の姉ちゃん由祈の体を借りたユイカが朝食を作っていた。

「おはよう」

 ユイカは姉ちゃんの顔で笑って言った。

 彼女は、脳死となったが体は生きている姉ちゃんを延命させるために、代わりに姉ちゃんとして生きてくれている姉ちゃんの相棒。

「うん、おはよう」

「もうできてるから食べちゃって。私は弥生ちゃんの分作るから」

「分かった! いただきます」


 ピンポーン

 僕がユイカの作った目玉焼きを食べているとインターホンが鳴った。弥生にしては早すぎる。誰だろうと思い扉を開ける。

 そこにいたのは知らない男女のペア。でもその顔にはかすかに既視感がある気がした。

 そして彼らの口からその正体が明かされる。

「初めまして…じゃないね。俺は、風波かざなみ風兎ふうと。と」

「風波水希みずきです」

「「さんですね。お話があるんです」」

 それを聞いた僕の背筋が少し凍った。


 軒先で向かい合う三人。

 一人が二人を睨み、その二人は笑顔で返す。

 まるで友達には見えない。

 まず初めに僕は聞いた。一番気になっていたことを。

 彼らの話したいことより、知りたかったことを。

「何故僕の家を知っていたの? それに、脳名も…」

 脳名とは、僕たち『脳戦士』が戦う時の名前。ゲームのプレイヤー名のようなものだ。プレイヤー同士がお互いの本名や住所を知らないように、それらは守られている情報のはずだ。

 彼らは答えた。

「それはね。俺が『脳皇』だからだよ」

 ドサッ

 と音がしてその方向を見ると、通学鞄を落とした弥生がいた。

 弥生はその鞄を拾うことなく、両手を広げて僕らの間に割って入った。

「なんですか? 岳流を捕まえにきたんですか? たしかに岳流はサリエルを殺した。けど、私はそれが間違ったことだとは思っていません! 脳皇だかなんだか知りませんが、帰ってください!」

「うーん。悪いけど、そういうわけにもいかないんだ。わざわざここまで来たんだから、話を聞いてもらいたい」

 あくまでも、風波風兎は引き下がるつもりがないらしい。

 しかし、それは弥生も同じで

「まず、何をしに来たのか話してください。それで、信用するか決めます」

「…分かったよ。この話は『アヤ』、君にも関わっているんだけどね。君たち二人にスカウトが来てる。クサナギには幹部の仕事の一つである『ブラックリスト排除要員』なんだけど。ユイもやってた仕ご…」

「姉ちゃん⁉︎ 姉ちゃんについてなにを知ってるんですか!」

 焦る僕に対して、その質問に答えたのは、冷静な風波水希さんだった。

「ユイは、『ブラックリスト排除要員』だったんだよ。彼女が亡くなったのは、そのせいって言っても過言じゃないかな…」

「な…それは、どういう意味ですか?」

「彼女の、そして今君に任せようと思っている役職『ブラックリスト排除要員』通称『排除要員』は脳戦士の中の危険因子をいち早く見つけ、退治する仕事。だから、恨まれやすいんだ」

「それは、その仕事が姉ちゃんを、その仕事に姉ちゃんを選んだ人が姉ちゃんを殺したと、言い換えられますか?」

「そ、それは…」

 風波水希さんは口籠るが、

「そうだね」

 風波風兎ははっきりと答えた。

「そんな…許さない。許さない! お前らが姉ちゃんを…」

 つい声に出ていた。

 風波水希さんと弥生は、僕の大声に驚いて目を見開いたが風波風兎は低い声で

「ああ、そうかもな」

 と言った。

「ちょっ、岳流!」

 僕は弥生の静止を押し切って風兎の胸ぐらにつかみかかる。

「殺したいか? 君は俺を、殺したい程に憎んでいるのか?」

「分からない。でも、一発殴らないと気が済まない」

 僕は答えた。

「…脳戦士なら脳内世界で決着を着けよう。今日の夜8時55分、千の塔100階円形闘技場で待ってる」

 そう言って風兎は去っていった。水希さんも彼を追うようにして僕らの前から消えた。

「脳内世界…」

「岳流、まだ無理だよね? 今からでも謝って取り消してもらい…」

「嫌だ。行く。僕は、謝らない」


 脳内世界に行くのは二ヶ月ぶりだ。またあそこに行くとあの時の記憶を呼び覚ましてしまうのではないかと、正直怖い。でもいつかは克服しなくちゃいけないし、弥生も[それなら、分かった]と了承してくれた。


 夕方、弥生と僕は僕の部屋に入った。母さんに見られたら何と言われるか分からないが、鍵を閉めれば問題はないと思う。

 狭いベッドに二人で横たわり、僕は弥生の手を握った。弥生は、優しく握り返してくれた。そして僕は弥生からもらった一握りの勇気と風兎への復讐心でサリエル血色の死神の死を上書きすると、僕は脳内世界に旅立った。

「「クサナギ(アヤ)より申請,入場,千の塔,100階,円形闘技場」」


 毎度お世話になっている『千の塔100階』は闘技場のような作りになっていて、円形の地面には大理石のタイルが敷き詰められており、その隙間から少しだが草花が顔を出している。何より空中に浮かんでいる、観客席のような形の浮遊石の足場が現実から非現実まで連れ去ってくれる。その闘技場中央に彼は立っていた。今朝とは違う脳戦士としての姿。その迫力に少し押された。少し遅れて彼はこちらに気がついた。

「時間ぴったりだね。……俺の脳名はフウト。よろしく」

 そう言って笑った。近くには水希さんもいる。

 そこに弥生改めアヤが脳内世界に姿を表す。その額には汗が浮かんでいた。正直僕も緊張している。

 僕の戦い方は相手に間合いに入られる前に『灰の目アッシュアイ』で倒すという方法。ただ『灰の目』にも欠点がある。それは体が無機物で出来ている脳獣と、相手が脳戦士の場合に効果を示さない。

 だから、なんとか接近戦に持ち込んで『想像創造そうぞうそうぞう』で『天叢雲剣あまのむらくものつるぎ』を作りフウトを切る。そうするしか勝ち目はない。

 僕はフウトに対峙し、構える。一方フウトはおにぎりでも作る時のように両手を丸めて右腰のあたりで構えている。そして九時を示す鐘が鳴った。

 フウトは構えている手にさらに力を入れる。僕はその間にも距離を縮めていく。間合いにフウトが入ったところで『天叢雲剣』を『想像創造』で造る。そのまま奴の胸にこの剣を突き立てれば…

 いつのまにかフウトが目の前にいた。

 彼は、さっきの構えから左手を外して、右手を軽く開いた状態で僕のお腹に突きつけると、叫んだ。

「『練風れんぷう』『風玉かざだま』」

 僕の体は後ろへ吹き飛ばされ、そのまま意識が暗転した。


「…………。………ギ。クサナギ起きて」

 誰かに名前を呼ばれ、恐る恐る目を開く。そこには安堵の笑みを浮かべたアヤと自分のことを見下みおろすフウト。それらを遠くから見守る水希がいた。アヤが僕に抱きついてくる。僕は恥ずかしいのと苦しいので、必死に抵抗するも、なかなか離れてくれない。その一連の流れを見ながらフウトは言った。

「クサナギ、本名は佐々木岳流。脳戦士ランク8『灰の雨』の通り名を持つ。脳力は『対脳獣聴覚』『対脳獣触覚』『灰の目』『魔眼』

 姉を殺した脳戦士に復讐することを目的とし、一年と四ヶ月前から調査を始め、二ヶ月前にようやく仇討ちに成功する」

 僕はうなずいた。怖いくらいによく調べている。そこで彼は僕に手を伸ばした。

「立て」

 僕はそれを握ろうとして、ようやくアヤから解放された。

 そのタイミングを見計らって、フウトは言った。

「改めてよろしく、俺はフウト。脳戦士ランク19『竜巻の後』の通り名を持つ。脳力は『対脳獣視覚』『対脳獣聴覚』『対脳獣嗅覚』『対脳獣触覚』『対脳獣感覚』『地形変動』『テレパシー』」

 僕とアヤはその言葉に息を飲む。だって、『対脳獣系』の脳力を五つ全て持っている人は本当に珍しい。

 そしてもう一人。水希が近づいてくる。

「私もよろしくね。私はミヅキ、脳戦士ランク20。通り名は、『流るる水』で、脳力は『対脳獣視覚』『対脳獣聴覚』『対脳獣嗅覚』『対脳獣触覚』『対脳獣感覚』『液状化』『気象変更:雨』」

(対脳獣系前持ち、もう一人いた…)

 彼女は、そう言って笑った。



 脳内世界から帰り、部屋のベッドの上で目を覚ました。隣の弥生はしばらく寝ていたが、やがて目を開けた。僕らは繋いでいる手をそっと離し、階段を駆け下りていった。母さんはもう帰っているはずの時間だが、買い物に行っているのか、いなかった。

 玄関のドアを開けると案の定二人がそこにいた。[[お邪魔します]]と言うなり家の中に入る。二人が家に入ると、仕方なくお茶を出してダイニングルームのソファーに座らせると、弥生がさっきのは何ですか? とでも言わんばかりの目で二人を睨む。そりゃそうだ、脳戦士を統べる『脳皇』を名乗る男に彼氏が思いっきり吹っ飛ばされて意識を失っていたんだから。僕は弥生を僕の隣に座り座るよう促した。僕達はテーブルを通じて向かい合う。

「ごめん。でも、本当のことだよ」

 と風兎は言った。

「俺は正真正銘『八代目脳皇』だ」

 僕達が戸惑っていると、そこにユイカが割り込んできた。

「ちょっといいかな? みんな。久しぶりだね、フウトにミヅキ」

「ユイカか。由祈の代わりをやっているのか」

「うん。お母さんたちは、なにも知らないから」

「そうか…」

 暗い雰囲気になりかけたが、ユイカが手を叩いて話を変えた。

「それでね、二人にはフウト達を信用してほしいの。今度は何しでかしたのか知らないけどさ。別に、悪い人じゃないよ、彼。ねぇ、その話私も参加していいよね。急がないとお母さん帰って来ちゃうから、手短にね」

「ああ、分かった。話がわかるやつがいると助かる」

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