第37話『守る者、守る事、守る訳』

 瞳を開けると、同じくこちらを覗く誠太と目があった。

「んで、あれだけカッコつけて塔から出たくせに、起きたらベッドの上で再会。ダサいね〜?」

 滅多にない機会だから揶揄うことにした。

「………」

「おはよう」

「おはよう…」

「いやー、本当に。ダサかったわ。[えっと……そうだな。単なる、自己満足だよ……]どんだけためてんの?って感じ?」

「そろそろ怒るよ?」

「まぁまぁ、落ち着いてさ。クスッ。もう一回寝ようぜ。まだ起きるには早い時間だし。また、ッ。昨日みたいに夜遅くまで起きてるのは嫌だし(笑)」

 時計を見ると、11:45を指していた。

「そうだな。じゃあまず、笑うのをやめろ」

「ッ…じゃあ、おやすみ」

「おやすみ…」

 誠太を打ち負かした優越感のお陰で、ぐっすりと眠れた。


翌日、12月19日日曜日。

 そのまま一日、脳戦士に関係ないような遊びをして日が暮れた。そして、我が悪友武田誠太が帰る時間になった。

 荷物をまとめ、帰ろうとする彼を玄関まで見送った。

「じゃあな。岳流っち」

「うん、じゃあね。元気で。現実世界こっちで会うのは難しいかもしれないけど、脳内世界あっちでまた会おうよ」

「そうだな。そっちこそ元気で。あ、そうそう。あのレシート、クリスマスなんだろ?」

「一の情報から百を察する君に隠し事は無理だな…。そうだよ」

「頑張れ」

「うん」

 誠太の短い激励げきれいの言葉に、僕は小さくうなずいた。

 誠太の姿が見えなくなるまで手を振った。ウザイやつだけど、いなくなるとしんみりするものだ。

「さて、勉強するか…」


翌日、12月20日月曜日

 朝からクラスの、学校中のみんながソワソワしていた。これからもら地獄通知表や、その先にある天国冬休み。それらの気持ちが正と負の二つの面から彼らの心をドキドキさせていた。


「しゃあー、終業式終わりー」

 安田が言った。

「これで、忌々いまいましく、長い二学期も終了だっ!」

 岩本が言った。

 残念だけど、僕はこの二人に現実を突きつけないといけない。

「…この後通知表が返されるけどね?」

 二人の死んだ目が僕をにらむ。

「…いや、終業式終わったんだし、もう終わりだろ。帰ろうぜ、岩本。真面目な笹竹バンブー君は居残るらしいから」

「そだね」

「っておい、そのバンブーって流行ってんのか?」

「別に流行ってはねーよ。ただこの前、岩本が思いついたって言って、教えてくれたんだ。で、相田さんにも教えといた」

 名前も知らないどこかの先人は言った。

『時代は巡る』

 とりあえず、その人は『灰の目アッシュアイ』で黙ってくれるだろうか。


 通知表が返ってきた。

 別に僕は通知表に対して不安になったことがない。今回の結果も良かった。

 5と4が並ぶ(ほとんど5)その紙を見ては何も思わないが、哀れにも僕に勝とうとしてくる奴らの2や3を見て

(どのように勉強すればこうなるんだ)

 と思ってしまうことがいて言うなら憂鬱ゆううつか...。

(成績の定員が決まっていた昔ならまだしも、全員が努力すれば全員でオール5を取れる今の時代で、努力をしないのは間違っている)

 そう思ってクラスを見回した。

 永遠の別れでもないのに、残念そうな顔をしながら抱き合う女子達や通知表を見せて自慢する男子や、なんとか勝てる教科を探そうと、通知表とにらめっこする男子。さまざまなクラスメート達の顔を視界に入れて、最後に、相田弥生あいだやよいと目が合った。

 僕の短所は英語のスピーキングとリスニング。それでも、基本はハイスペックだ。例えば、読唇術どくしんじゅつなんてのも使えたりする。そして、僕は弥生の唇を読んだ。

 僕はうなずいた。


 そして放課後、僕は弥生との約束を守るため、体育館裏に向かった。正直、最近話して無かったから話したかった。


「お待たせ」

 弥生は既にそこに居た。

「すごい、あなたの読唇術って本当に使えたのね」

「まあね、で?なんでこんなところに呼び出したの?」

 あたりを見回しながら聞いた。

[放課後、体育館、裏、来て]

「あら?あなたはこの場所に心当たりはないの?」

 改めてあたりを見回す。

 ここはいつも通っている学校の敷地内だし、見慣れすぎて特段変わった事はない。ただ一つだけ、最近ここで起こったことを思い出した。

「リーナ?」

「そう。イラストレーターの脳獣。私たちのクラスメートの平岡咲ひらおかさきさんを殺した」

「そうだよ」

「神に聞いた。強かったんだってね」

 僕はうなずく。

「うん、それなりには」

「……」

「……」

 数秒の間。それを払うように弥生が叫んだ。

「無理はしないで!絶対。約束して」

「うん。約束するよ」

「ええ。それならいいの。私は、全ての脳獣と仲良くなりたい」

「知ってる」

「でも、そんな考えの私がいたら足手纏いになってしまう」

 [そんな事ないよ]とは、言えなかった。

「でも岳流一人じゃ、勝てないこともある」

「そうだね」

「由祈さんがいれば違ったのかもしれないわよね。もし、私じゃなくて由祈さんが生きてたら、あなたは由祈さんを頼ったの?」

「………」

「ごめんなさい。私じゃ岳流の力になれない。脳獣と仲良くしたいとか馬鹿言って、油断して殺されかけて、いっつもクサナギに守ってもらう。由祈さんはちゃんと両立してたのにね」

「あ…弥生」

「ごめんなさい。私は脳獣を殺せない脳戦士。誰の役にもたちはしないから。………もう行くわ」

 そう言って走り去っていった。体育館の角を曲がり、姿が見えなくなる。

 途中で足音が止まり、また聞こえ出した。そして近づく足音と共に、弥生が角から顔を出した。その口が何かを言う。遠すぎて聞こえなかった。でも、読めた。

[ごめん]

「……」

 また姿が見えなくなる。もう戻ってくる事はなかった。


 相田弥生は、アヤは、『氷の賢者』と呼ばれるNo.17は脳獣を殺せない。

 それは、東北時代の彼女にはなかった『優しさ』の感情の所為せい。姉ちゃんが弥生に遺した置き土産の所為。

 優しくとも、悪い脳獣は躊躇ちゅうちょなく殺せた姉ちゃん。

 それを受け継ぎ、悪化させ、悪い脳獣も殺せない弥生。

 姉ちゃんと弥生の圧倒的な違い。


 弥生は脳獣を殺せない故に、自らの身を危険に追い込む。


 たとえ、自分が死ぬことになろうとも、彼女は相手脳獣を殺さない。

 姉ちゃんの『あの夢』を聞いて弥生は確実に変わってしまった。

 姉ちゃんはそれを気にしていた。自分のせいだと自らを責めていた。

 だから姉ちゃんは弥生を守るって決めた。

 由祈亡き今は、僕も。


 脳獣たちに生きる『目的』があるように、僕にもそれはある。僕の目的は『姉ちゃんの人生の模倣』だろう。早くに死んだ姉ちゃんが生きるはずだった人生を僕が代わりにやる。そう決めた。

『弥生を守る行為』

 それは姉ちゃんの人生の模倣に他ならないのかもしれない。

 でも、思いたいのだ。


 姉ちゃんの人生に関係なく、僕は弥生を守りたいって思ったと。きっと、姉ちゃんが弥生を守っていなくても、僕はそうしただろうと。


 これは姉ちゃんの模倣なんかじゃなくて。僕自身の好きだという感情で守っているのだと思いたいのだ。

 でももう分からない。突き詰めた姉ちゃんの模倣は僕の頭を結って結って結って結ってこんがらがらせて、分からなくさせた。

 僕は姉ちゃんを真似して弥生を守っているとは思わない。

 でも、僕は本当に彼女が好きなのだろうか。

 

 本当の答えは分からない。だから逃げる。そうして、楽な方へ楽な方へと流される。まだ一年しか経っていないのだ。そう簡単に結論は出ない。

「帰るか…」

 僕が言った。

「うん」

 イツキが返した。


 そうしてそこから逃げた。三つあった影法師が二つ消えた。

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