第36話『僕に戦う理由はある』

「『想像創造』『天叢雲剣あまのむらくものつるぎ』」

「『モードチェンジ』『クラッキング』」

 僕が『天叢雲剣』を創造すると、彼は自らの戦闘スタイルを変えた。

 彼の普段の役割は味方の援護。彼の契約する脳獣の脳力には相手の弱点を見抜くというものがある。だから、後方から相手の情報を味方に流す役として重宝されてきた。

 その彼のもう一つの一面を知ったのは、つい昨日のことだ。


**********


『千の塔』1000階『脳戦士管理所』

 僕がその中に入ると、神々の一人『中堅脳戦士への以来』と『脳戦士の情報』を担当する神がいた。普段僕らの所に依頼に来る神とはまた別の神だが、情報に関してなら、こちらの方が都合が良い。

「すみません、神。ラップトップについて教えていただきたいことがあるんですけどいいですか?」

「おれに答えられる範囲なら」

「彼のランキング順位が突然あり得ないほどに上がったって聞いたので、何があったのかな〜。と思いまして」

「それは、彼に強い脳獣を倒せるほどの脳力があるってことだよ」

「援護タイプの彼にそんな力が?」

 神の言う『強い脳獣』とはレベル9〜10のことだろう。それらは、生きていた頃の姉ちゃんや、アヤと協力した僕でも一筋縄ではいかない敵だ。そんな奴らをどうやって?

「彼の契約脳獣である『パーソナル』は『ハッキング』という脳力を持っている。これは相手の情報を探り、味方に有益な情報を流す。君も知っている彼の戦闘スタイルを形成する脳力だ。そしてもう一つ。パーソナルは『クラッキング』という脳力も持っている」

「はっ⁉︎」

 その情報に僕は思わず大きな声をあげてしまった。しかし幸い、ここには僕と神以外に人はいなかった。気を取り直して僕は聞く。

「『二重脳力持ち脳獣ダブルホールディングス』⁉︎そのパーソナルって強い脳獣を誠太が一人で倒して、あまつさえ契約したんですか?」

二重脳力持ち脳獣ダブルホールディングス』それは強い脳獣の代名詞の一つ。


 一個体で複数の脳力を保有する。

多重脳力持ち脳獣メニーホールディングス


 脳獣のレベルの最高峰。

『神型脳獣』『巨人型脳獣』レベル10


 『コア』と呼ばれる特殊な作りを有している。

鋼鉄兵ガーディアン


 一体で多くの犠牲を出す。

災害級脳獣ディサスタークラス


 順位が100以下の脳戦士は会ったらまず逃げろ。

 トップ20でさえ一人では挑むな。

 とまで言われている脳獣だ。それらの討伐は僕らNo.20以上トップ20に回され、複数人で挑むことになる。こちらとしてはたまったものではない。そんな脳獣を当時No.100以下の誠太が一人で倒したとなれば、ランクは爆上がり、その日のトップニュースになってもおかしくない筈だ。

「そこに関して、おれは教える権利を持ってない。当人が許可してないからね」

「そうですか。いや、まあそこまでは求めませんけど…」

「それで最近のラップトップは今まで封印してきた『クラッキング』を使って順位を上げてるってわけだ。これでいいかな?」

 僕はうなずいた。

「はい、ありがとうございます」


**********


「『想像創造:改』『天叢雲剣:伸』」

 天叢雲剣の刀身が伸びてラップトップを襲うも、素早くなった彼に簡単にかわされてしまう。

「『散布:ウイルス』」

「うっ…」

 僕の体にウイルスがまかれる。『コビッド』戦でを飼いたいと言っていた意味が少し分かった気がした。

「そのウイルスは脳と体を分離させる。右手を前に出そうとすると、左足が上に上がる。飛び跳ねようとすると、両手を振り回す。脳の出す命令と、体が行うことが異なる。口だけが例外で、規則性はない。剣を持ったまま動こうとすると、自傷する事になるぞ」

「…っ!」

 僕はその場から動けない。

「なあクサナギ、一つ訊いていいか?」

「何かな?」

 僕は答える。

(それを聞くために僕の動きを止めたのか…)

「クサナギはなんで戦うの?」

 どストレートな質問だった。脳を巡らせて答えを探す。否、答えを探す。でも、見つからなかった。だから僕は答える。初めに思いついたものの、言うのが嫌で逃げようとした答えを。

「…姉ちゃんを殺した人がいる、だから僕は戦わなくちゃいけない。それだけ…」

「もし、復讐が終わったら?」

「…アヤを守るために」

「アヤ?ああ、弥生っちか。彼女の」

「そうですけど、何か?」

「いや、恋のために戦うってかっこいいなぁって思っだだけ。スターはおれより強いから、守るというより守られるって感じだし、あいつの戦い方的に、スター自身が守るというよりあいつの所有脳獣に守られてるから複雑な気分…」

「…いや、まあさ。ラップトップも『クラッキング』を使えば強いわけだし、これからは君が守ればいいんじゃないか?」

「まぁ…そうだね。じゃあ、訊きたいこと訊けたし。おれの勝ちってことで」

「いや、まだ負けてないよ。時間稼ぎありがとう。さっき規則性はないって言ってたけど、僕、気づいちゃったから」

 そう言って僕は走り出す。まるで、何の障害もないように、普段どうりに。

「はっ⁉︎なんで走れる⁉︎」

「『ウイルス』で動きを支配できるのは『首』『右腕』『左腕』『右足』『左足』の五つ。その何処どこかを動かそうとするとそれ以外の箇所がランダムに動く。でも、。つまり、両腕を動かそうとすれば、動くのは首と両足の三分の一。つまり、どちらか片方の足は動く。そして、首も動かそうとすれば動くのは両足だけ。確率は二分の三だ。そうすれば、足が動くのは必然だろ?」

「じゃあ、なんで行きたい方向に走れるんだよ?」

 まるで、種明かしをするマジシャンのように話す。

「それも同じだよ。首と両手を後ろに引けば、足は後ろにはいかない。さっき言った『動かそうとしている所は動かせない』と同じ。。だから、腕を後ろに引けば、前、右、左、上の四択。じゃあ、首を上後うわうしろに、右手を左に、左手を右に動かそうとすれば、足はどうなる?」

「………っ!」

「右に行きたきゃ左手を前に。左に行きたきゃ右手を…って感じで動かせば走れるよ」

「並大抵の人間に出来ることじゃねぇだろ!」

 ラップトップは焦って叫んだ。

「僕、脳戦士だから並大抵の人間じゃないよ」

 でも、僕はあくまで冷静にあしらう。

 剣を振るのは、彼の言った通り自傷に繋がる。だから、剣は振らない。

「『想像創造:改』『天叢雲剣:伸』!」

 僕の愛剣が伸びて、戦いが終わった。


 僕は地面に座り込むラップトップに手を差し伸べる。

「お疲れ様。自分の脳力の性質を理解してなかったラップトップクン」

「いちいち気にさわる言い方を…」

 心底不服そうに言った。

「てか、なんで戦おうだなんて。家にいるんだし、直接聞けばよかったのに」

「ほらさ、刀を交れた方が話しやすいこともあるかな?って思ってさ。マンガとかも、そういうシーン多くない?互いの剣を交わせながら二人の男が胸の内をさらけ出す。ってやつ」

(君は刀を持っていなかったけどな…)

「そっか、だから姉ちゃんを馬鹿にするようなことを言って、僕を戦わせようと…」

 彼はうなずいた。

「ああ、予想外に怒らせちゃったみたいだけどな」

「それは君が悪い。軽く言って死刑だぞ」

「ははっ。ラスクみたいだな」

「ラスク?」

 突然意味深に笑い出したラップトップを見て、僕は少し引きながら訊いた。

「ああいや、気にしなくていいよ。君がなんで戦うのかどうしても気になったもんだから、ちょっと手荒な手段を取らせてもらった。ごめんな。それとありがとう。お陰でよく分かったよ。持って帰って参考にさせてもらう」

 多くの疑問を残して去ろうとする誠太に僕は声をかける。

「じゃあ、君が戦う理由ってなんなんだよ?」

 それを聞いた彼は振り返って言った。

「えっと……単なる、自己満足だよ……」

 その目が、とても寂しそうに見えた。

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