第29話『万人の浮島』

翌日、12月13日月曜日

「うーん。37度9分。今日は休んだほうが良さそうね。由祈のお母さんに頼んで学校に連絡してもらうから。寝てたほうがいいわ。私は学校行くけど、人間の風邪は厄介なのだから、よく休むのよ」

「うん、いってらっしゃい。ユイカ」

 この日、僕は風邪をひいて学校を休んだ。コビッドのことが思い浮かび、想像の中で切り刻む。きっとあいつのせいだ。というか絶対あいつのせいだ。そうじゃなかったら誠太の呪いか。

 しかし学校が終わると弥生がプリントを届けてくれたし、メールで今日の出来事について聞けたからまあ許してやってもいいだろう。

 僕はベッドの上でスマホを操作しながらふと机を見た。片付いているその端に紙袋が置いてある。その中には綺麗にラッピングされた箱が入っていて、さらにその中には…

 そこで僕は考えるのをやめた。最悪の事態、僕がこのまま風邪を拗らせて死んでしまうかもしれない。冬の風邪は厄介だし、なにより、これがコビッドの後遺症だったら笑い事では済まないかもしれない。


 とはいえ、そこまで重症ではなかったから杞憂なのだが、この時の僕にそこまでの判断力はなく、以下の奇行に走った。


(そうだな、遺書いしょでものこしておくか『僕が死んだら、これは燃やして破棄してください』よし、これでいい)


 それから僕はただ何を考えるわけでもなく、ベッドに再び寝転がると、唱える。

「クサナギより申請,入場,千の塔,10階,万人ばんにん浮島うきじま


 僕達が脳内世界へ行っている間、僕達の体は所謂いわゆる睡眠状態にある。それはすなわち、眠くなくても脳内世界に行けば簡単に寝付けるという事である。

 もし、機械か何かを使って、誰でも簡単に脳内世界に出入りできるようになれば、テレビのセールス番組とかで『なかなか寝付けないそこの貴方、貴方におすすめなのがこちら。この機械を使って鍵となる呪文を唱えるだけで、脳内世界へ行ける優れもの。これで貴方も簡単に寝付けます』みたいなのが流れるのだろうか。


 そんなくだらない事を考えていると目的地に着いた。

 目を開けると、いつもと違う景色が目に入り、首を傾げた。

(あれ?なんでここに?)

「おお、久しいではないか」

 後ろから声をかけられ、僕は振り返る。

「あっ、バイヤ」

 そこにはかつて戦ったバイヤがいた。

「元気じゃったか?」

「今は風邪気味。そっちは?」

「我は元気じゃったが、少々問題がな…」

 そう言って彼は目を左に逸らす。その方向から走ってくる脳獣がいた。すすきと満月をあしらった和服のその脳獣は…

「あらクサナギ君、久しぶりね」

「ツキミじゃん。何?ツキミから逃げてんの?ねぇバイヤ。ツキミは暴走しなきゃ基本安全だから逃げなくてもいいと思うぞ」

「ゔっ、そういう訳にもいかんのじゃ。我はもう退くぞ。また会おうぞクサナギよ」

蝙蝠化バットフォルム

 そう言って蝙蝠化したバイヤが飛び立って逃げた。

「あっ、また逃げた!じゃあね」

 そう言ってツキミも走っていった。

 彼らがいるという事は間違いない。

 ここは千の塔の10階『万人ばんにん浮島うきじま』だ。何故ここに来たのかは自分でも分からない。多分熱で意識が朦朧もうろうとしていたから適当に言っていたのだろう。


 ここは、全部で1000階にも及ぶ『千の塔』の中で唯一他の脳戦士が入れない場所だ。アヤや(昔は)ユイと一緒にいられないからという理由でここに来る機会はあまりなかったし、今もない。

 イメージとしては一つの階の中に小さな浮島が無数にあり、一人の脳戦士につき一つの島がある。形は逆さにした円錐の上に半円を乗せたように見える。ドーム状の天井は透けていて、他の浮島が見えるようになっている。その時、遠くから声が聞こえた。

「このっ!」

「やむなし」

吸血鬼化ヴァンパイアフォルム"

「捕まえたっ」

「まだじゃ、これで終わりぞ」

「甘いっ!」

「うっ…」

 何が起きたんだろうか…

(気になる)

「こちらもやむなし。『想像創造』油性ペン」

 僕は額に第三の目を描く。そして

「『千里眼』」

 どんどん声に近づいている。そこには、バイヤを取り押さえるツキミの姿が…

(何があったんだ?)

 気になった僕は二人に向かって走りだした。


「二人ともどうした?」

「この女、我が食したダンゴが自分の物だと言って戦をふっかけてきたのじゃ」

「何か?食べるあなたがいけないんじゃない。どう思う?クサナギ君」

「じゃあまず二人の言い分を聞こうか。じゃあとりあえずツキミから」

 僕がそう振ると、ツキミは話し始めた。

「あのお団子は、一ヶ月に一回買い出しに行ってくれるサスケ君に頼んで買ってきてもらった物なの、楽しみに取っておいたのに…」

「知らぬ、食べられたくない物には名前を書いておくと決めておっただろう」

 話をさえぎるようにバイヤが話す。

「だって、次の満月の日に二人で食べようと思っていた物に名前なんて書くわけないじゃない。二人のものなんだから」

(待て、こいつらは何を言ってるんだ?誰か説明してくれ)

 そんな僕の懇願こんがんは誰にも叶えられることなく、二人の話が前へ前へと進む。

「なぜ満月の夜に食さねばならぬのだ。面倒ではないか」

「ジャパニーズ『OTSUKIMI』はもう教えたでしょ」

「やはり日本の文化は解せぬ。そもそも毎月やるものなのか?」

「日本の素晴らしい文化の価値も分からないなんて、やっぱり外国人は...」

「何を?クリスマスもバレンタインもハロウィンも海外の行事であろう。それを日本式にアレンジして風習化しようとする日本人の考えこそ我には解せぬわ」

「そちらこそ何を?私だって海外の文化なんてお断りよ!でも新しいことを求める人間がどんどん過去の事を忘れていくから過去日本の文化を大事にしようとしてる私の気持ちが分からないの?」

「我だって…」

「二人とも!まずは僕の質問に答えてくれるかい?」

 どんどんヒートアップしていく会話に僕が叫んだ。

 場が静まる。

「二人の関係は?」

「「敵っ!」」

「もう一度聞くね。二人の関係は?喧嘩している事は忘れて、立場上の話ではなく、二人の生活環境について教えてほしい。ここまで言えばちゃんと答えてくれるかな?」

 僕は笑った。

 我ながら怖いと思った。

 二人は、僕を怒らせたことを自覚したらしく、しゅんとしていた。

「「…同居人よ(じゃ)」」

(ほう…)

「仲良いね」

 僕はまた笑った。

 今度は二人を揶揄からかうような笑みで。

「「どこが?そう見えるとしたならクサナギ君は脳戦士失格じゃな」」

「やっぱり仲良いね」

 小一時間程揉めた。


「団子は僕が買ってくるからツキミは許す事」

「はい…」

「バイヤは名前の書いていないものは聞いてから食べる事」

「うむ…」

「はいっ!仲直りの握手!」

 僕の前で二人が嫌々握手する。

「ところで二人とも…挙式はどうするの?」

「挙式?なんのことじゃ?」

「…クサナギ君?めて、そんなんじゃないから」

 バイヤは何が何だかと言った感じだが、ツキミには脈がありそうだ。

(なるほどねー)

「この同居はツキミが持ちかけたのかな?」

「よく分かったの、ツキミが[海外の事教えてほしいの]などと言い出したのでな」

 この二人の未来はツキミがどう動くかにかかっているだろう。取り敢えずツキミが動かなかったらこの二人は進展しないだろう。僕の知らない間に二人が出会い、ここまで進展していた事を僕は嬉しく思う。

(というか、あまり来ていなかったしな)

 今度から定期的に来ようと決めた。

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