第27話『脳戦士に友人はいる』

翌日、12月12日日曜日。

 クリスマスまであと二週間と一日。天気は雨だった。冬場なのに気温がそこまで下がらず、雪から雨へと変化した水滴が、小さく細かく視界を塞いでいた。せっかくの休みだが、今日は一日中家にいることになるだろう。そして僕は昨日買ってカバンに入れっぱなしだった本を取り出す。『誕生日に花束は忘れない』アーサー・スミスの新作だ。

(この人には題名にイベント名を入れないといけない決まりでもあるのだろうか)

と心の中でツッコみ、本を開く。

 しかし読み始めてみると止められず、一時間半ほどかかって読み終えた。

「いい...」

 僕はベットに倒れ込み、そう言った。

 僕はスマホを取り出し、その本を写真に撮る。そして弥生に送った。


岳流{この本読んだ?)

 既読はすぐについた。

やよい{まだだけど...)

岳流{読む?貸すよ)

やよい{いいの⁉︎)

岳流{うん、すぐにでも。面白かったから)

やよい{ありがとう!でも、雨だからそのうちね!)


 前から思っていたけど、弥生はメールだとキャラが変わる。文面だと超明るいが、真顔でそれを打っている。


 そして今日の予定が何もないことに気がついた。一度読んだ本を再読する気にはならず、ベッドに寝転がる。

「どうするか...」

 幸いというか生憎というか家には誰もいない。だから久しぶりに脳内世界に行ってみる気になった。


 部屋に入り、鍵を閉め、窓もカーテンも閉め切った暗い部屋の中で、ベットに寝転がると言った。

「クサナギより申請,入場,千の塔,1階,地上庭園」

 久々の感覚に酔いしれながら僕は脳内世界へと向かう。

 あそこへ行くのは三日ぶりだ。

 三日程度では、世界で大きなニュースは起こりはしない。フォッサマグナは割れないし、第三次世界大戦は起きない。大災害も起こりはしない。だけど、脳内世界なら三日あれば何かしら起こる。それをよく知った。


「地方で大勢の人が昏睡状態⁉︎」

 僕は神から聞いた事件に叫び声をあげる。

「ああ、札幌,仙台,広島,福岡といった地方中枢都市でそのような症状が相次いでいる。犯人の目星はついているんだ。『COVIDコビッド』と呼ばれるウイルス型の脳獣だ」

「コビッド...」

 僕の問いかけに神が答える。

「ああ、近頃海外で新種のウイルスが流行っただろ?あれが日本に来たら...という人間の恐怖が生み出した脳獣だよ。感染方法はただのウイルスとは違くてさ。『知識の交換』によって広まる。差し詰め、『知識感染』ってところかな。知識の交換ってのはただ口に出したりしているだけに見えて、意外と深い部分があるんだ。相手の頭の中を覗いたりしてるわけんだけど...」

 僕は神が何を言いたいのか察してつぶやく。

「つまり、『ウイルスのついた知識』の受け渡しによって感染する。と言った感じですか?」

「ああ、その通りだ。理解が早くて助かるよ。すでに被害は尋常じゃないほどに出ている。一刻も早く解決したい。頼めるか?」

「はい、分かりました。と言いたいところなんですが、地方中枢都市で起きてるって言ってましたよね?僕の住んでる所って関東ですよ。もっと現場に近い脳戦士がいますよね」

 僕の素朴な疑問に、言うと思ったとでも言うように、応える。

「ああ、察しがいいな。それで地元の脳戦士達に調査してもらってたくさんの情報が手に入ったんだ。そして、この事件の元凶が、にあることが分かった。それじゃあ、脳獣コビッドの調査及び捕獲または退治。改めて頼めるか?」

「はい!」


 脳内世界から帰って家から出ると、もう雨は止んでいた。



 二日連続の東京。でも今回は前回とは別の街、話では聞いたことがあったが、行ったことはなかった。そこはアニメの街。『秋葉原』だ。


[アヤか誰か誘って行ってきてくれ]

[いえ、アヤは今頃自分の趣味に浸っている時間のはずです。僕は彼女を邪魔したくはないので]

 そう言って一人で来た秋葉原。しかし、こっちに頼れる仲間を収集しておいた。

「ヤッホー、岳流っち」

 僕は声のする方に振り返る。そこには冬だというのにコートも着ないで、首にヘッドフォンをかけた人がいた。天然パーマの黒髪に、ふちの太い眼鏡をかけた脳戦士。本名武田たけだ誠太せいた、脳名ラップトップ。僕の、数少ない本名リアルを知っている脳戦士。大学生でありながら、プロのハッカー顔負けのハッキング力を持つ。僕の書いている『脳戦記』の脇役よりもそっち系の小説の主人公の方が向いていると思う人だった。

 彼曰く[東京は庭みたいなもんだから、案内は任せろよ]

「よーし岳流っち。アキバの案内は任せとけ、神から話は聞いてっから」

 そして駅から数分歩いたところにそこはあった。


「よーし、ここだ」

「ここ?」

「ああ」

「本当に?ここでいいんだよね?」

 そこはお店でその看板には

『中古屋.ミルフィーユ』

 と書かれていた。

「いいか、店の中に入ったらおれ以外の誰とも会話すんな。店の中の全員が感染者だと思え。話に耳を傾けるのもダメだ。他人の知識を自分にインプットするな」

 と言って階段を登っていくので僕もついて行った。


 店は二階建ての家の外階段を登った先にあった。扉を開けても何も変わった様子はない。しかし、僕が入ろうとしたところでこの男誠太は僕を引き戻した。

「どうしたんだ?」

「岳流っちって『対脳獣視覚』持ってたっけ?」

「いや、持ってないけど。...そんなにヤバい?」

 僕の質問に彼は顔色一つ変えずに答える。

「ああ、下手したらモザイク処理しなきゃいけないレベルの景色だ」

「そんなにグロいの?」

 僕の場を考えない質問に

「いや、キモい」

 と答えた。

「例えるなら黄緑色のウネウネ動くスライム質の着ぐるみ着た人間が商品を物色してる感じだ」

「......うわぁ......」

「だから大人に任せてここで待っとけ、少年よ」

 と大学三年生の自称大人はそう言って入っていこうとした。僕はその腕を掴んで止める。

「どうしたんだ?」

「相手は沢山の人を殺した脳獣。簡単に倒せるとは思えない。なら僕が行く。僕の方が強いから」

「まあ、No.128No.8岳流っちには勝てないよ。でもな、おれはお前より少しは長く生きてんだ」

 (そうくるか、ならこっちにも切り札がある)

「なら、一緒に行こう。それで妥協だきょうして。いい?」

「まあ、それならいいよ」

 誠太がそう言って二人で入ることが決まった。扉を開けて入店しようとした時、出てくる客とすれ違った。その時、耳元で何かが動く音がはっきり聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る