第39話『クリスマスは少しの後悔と共に』
そして、12月25日
ファルコンが家にやってきて、僕に事情を伝えた。それを聞いた僕は、急いで階段を降りると母さんに伝える。
「弥生、来られないって。お母さんのパン屋で売り出した『リースパン』が人気で手伝ってるんだと」
「そう…残念ね」
僕は続ける。
「まあ、三人いればいいよね。さっ、ケーキ作ろっか」
「何言ってんの。ケーキはいいから行ってきなさいよ。後悔するよ」
母さんが諭すように言った。
「そうよ、ついでにそのリースパンも買ってきてよ」
いつからいたのかユイカも続く。
「いいわね、私だって小さい頃一人ぼっちだった時があって大和君が来てくれたのがどれほど嬉しかったか...」
「お母さん、今その話はいいから。早く行って岳流。楽しんできなさい」
どうやら母さんもユイカも僕を弥生の所に行かせたいらしい。僕自身も弥生と会いたかったから肯定する。でも、今日予定があるのは僕だけじゃないはずだ。
「…うん。分かった。それでさ、ずっと思ってたんだけど、姉ちゃんは北山さんと南原さんはいいの?」
「え?北山さん?南原さん?誰?」
母さんが予想通りの反応をする。でも、姉ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をして僕ら
「あのね母さん。姉ちゃんは、高校の友達に今日遊びに誘われてるんだよ。それも男子」
「え⁉︎行ってきなさいよ!」
「いやそんな、岳流。ちょっときて」
ユイカはそう言って僕の服を引っ張って部屋の外へ連れて行く。
「何言ってるの?美冬さんに変な気を使わせるでしょう?私はユイカ。由祈じゃない。二人が遊びたくて誘ってるのは、私じゃなくて由祈なのよ!」
全く、
「それでも、今まで二人と友好な関係を築いてきたのはユイカでしょ?二人は、姉ちゃんよりユイカといた時間の方が長いんだから、二人は君と遊びたがってるんじゃないかな?」
「いや、でも。私は、二人と由祈のために、由祈の代わりをしているだけだし…」
「何こそこそ話してるの?いいから二人とも行ってきなさいよ」
母さんに押しだされて、僕とユイカは家の外に出た。ユイカはまだ迷っているようだが、僕は二人のお陰で覚悟が決まった。
「じゃあ、ユイカ。クリスマスなんだから、少しも後悔しないようにね!」
僕はもう既に少し後悔している。二人で会う方法なんていくらでも考えつくはずだ。『無理にでも家に呼ぶ』『一緒にお店を手伝う』『暇になったのを見計らって休ませてもらう』『あるいは、仕事の後でも』
気づいていたのだ。でも、無理に誘うべきではないと自重してきた。
(でも、弥生が楽しみにしていたことを、僕はちゃんと知っている)
だから、僕は雪の積もった道を走り出した。
明日香さんのパン屋は駅前にある。普段も混んでいるそこは、クリスマスというだけあって人でいっぱいだった。店内に少し余裕ができたので僕は入店した。そこではお店の制服を着た弥生が陳列をしていた。
「や…」
「○○○○より○請,○制入○,千○塔,○○○階,○○○」
話しかけようとしたら弥生の体から力が抜け、バランスを崩して倒れた。
「…っ⁉︎弥生!」
地面に頭をぶつける前に僕が彼女を受け止めた。密着した体からはなんだかいい匂いがするがそうも言っていられない状況だ。
怪我をする前に僕が支えたので大きな騒ぎにはならなかった。僕は弥生を背負って店の厨房に入った。レジ打ちをしている女性店員に見られたが咎められなかった。後から聞いた話だが、僕たちが付き合い始めた頃に、明日香さんが僕の写真を見せて娘の彼氏だと紹介したらしい。
「あら岳流君、いらっしゃい」
そう、この人だ。何やってくれてるんですか!全く…。
「こんにちは。弥生、疲れたのか寝てしまったんですけど…」
「あら、今日お客さん多かったものね。慣れなくて疲れちゃったか…そこに寝かせといてくれる?」
と休憩室のソファーを指さす。僕は言われた通りそこに弥生を寝かせた。
「雪の中わざわざ来てくれたのにごめんね。寝ちゃって」
「いえ、リースパンを買いに来たついでだったので」
本当は逆だが、そういうことでいいだろう。
「そうなの?毎度どうも」
「ところで、僕も寝かせてもらって良いですか?一緒に行きたいところがあるので、その前にしばらく休憩をとりたくて」
「ええ、別に良いけど…二階に使ってない寝室があるからそこ使って良いわよ」
「ありがとうございます。弥生起きたら教えてください」
僕はお礼を言うと二階への階段を登った。
(あれは疲労で寝たんじゃない。脳内世界へ行ったんだ。でも彼女は何も言っていなかった。となると『強制入場』である可能性が高い。くそっ!誰かが何か言ってるのは分かったけど、肝心な部分を聞き逃した!馬鹿っ!僕のこの耳はなんのためについてるんだよ!弥生に大きな危機が迫ってるのかもしれない。どうする?どうしたらいい?このままじゃ、姉ちゃんだけじゃなく弥生まで…。あの日姉ちゃんにできなかったことを、今日弥生にできるのか?)
ダメだった。もう何も分からない。どこの階にいるのかも分からない。あの時は、どこか分かっていたから向かえたものの、今回ばかりは分からなかった。それに、前回は知っていたのに間に合わなかった。今回は知らないのだ。間に合うのだろうか。
思い当たる階はいくつかある。犯罪に適した階だ。
100階『
86階『
17階『
563階『
862階『
候補は他にもあるが決められない。
その時、姉ちゃんの声が聞こえた気がした。
本物でも、幻聴でも、嘘でもなんでもいい。すがれるものが欲しかった。それが、頼れる姉ちゃんの声ならば、信じない手はないだろう。
姉ちゃんは冒険が好きだった。毎日一階ずつ登っていって全ての階を巡るのだと言っていた。僕が千の塔に詳しいのはそのためだ。
ある日、777階がラッキー7だからきっと良い階だろうと嬉しそうに出ていったが[つまらなかった]と帰ってきた。その次の日、嬉しそうに帰ってきてすぐに僕を連れていった場所。778階『
「クサナギより申請,入場,千の塔,778階」
「「『
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