第21話『アメリカデート:後日編』

 そのまますぐに家に帰った僕らは少し遅れて学校へ行った。金曜日は休んだのだから三日ぶりの学校というわけだ。月曜日祝日の日は三連休なんてざらにあるのにアメリカに行っていたせいか、とても久しぶりに感じる。

 クラスに入ると、クラス中の目線が僕と弥生に向いた。因みに僕と弥生が一緒に登校しているのは、一緒のタイミングで家に帰ったが故の必然的な行動であって、決して『付き合っているから待ち合わせして一緒に行こう』なんて考えではない。

 しかし、近頃の中学生の脳は男子は下ネタへ、女子は恋愛へ走る傾向にある。彼彼女かれかのじょの脳をもってすれば、どんなシュチュエーションもラブコメ空間に変えることが可能なのである。

 そこのところをクラスのみんなはよく理解するべきだと思う。

 まあ、僕らが周りにどう見えてようが僕にとってはどうでもいいが、気にしなくても、否が応でも気にしなくてはいけない時がある。

(だから今日は少し気張らないとな。疲れそうだ)

なんて思った。


 学校を休んでまでアメリカに行っていたのだ。当然のようにクラスの話題になった。僕は、友人の安田と岩本の質問攻めにあっていた。

「おい、岳流。アメリカどうだったんだ?相田とキスしたのか?教えろよ」

「...⁉︎ゴホッゴホッ、別にしてねえよ」

 話しかけられたその内容のせいで僕は呼吸に失敗してむせてしまった。

「まあ、そうだよな。お前にそんな勇気はねえよ」

(別に、キスはしてないよな...)

 というか、今の時間は授業中。先生が遅れている間に自習しろという指示が出ている。つまり、クラスは静か。二人の声がクラスに響いている。つまり、今の会話も全部弥生に聞かれているということだ。僕が今の『キス』というワードで『アレ』を思い出したのだから、当然弥生もだろう。

「ああ、彼女いて羨ましいよ。キスもできない軟弱者だけどな」

「お前ら、羨ましがってんのかけなしてんのかどっちなんだよ」

「「もちろん羨ましがってんだよ」」

 僕はクラスで孤独ってわけではない。今だって話しかけてくれる友達がいる。

「俺もアメリカ行きてえなー」

「ってかお前らそんな余裕ないだろ。もうすぐ三年生。受験生だぞ?」

「そう言うお前もだろ、アメリカ行く余裕なんてあったのか?」

「まあ...何とかなるっしょ」

 僕の受験なんていう100%の勝ちゲーなんかよりも気になるのは弥生の方だ。彼女はクラスでも孤独というか、浮いているところがある。それはあの言葉使いが原因なのだろうが、指摘したのが結構傷ついたようであれ以来一切使っていない。これで少しは友達が増えるだろうか。そんな事を思いながら弥生を見つめていた。すると、教室の扉が勢いよく開く。

「おい安田、岩本、何やってんだ!自習って言っただろ!」

「ヤベッ、菊先だ」

 菊池先生がやってきて僕らの会話は終わった。弥生は窓の外をうつろな目で見ていた。


翌日、12月7日火曜日。

 僕らのアメリカ話はこの日までクラスの話題の中心となった。いつもは人との関わりをあまり見せない弥生がクラスメイトと話していた。昔弥生に[もっと他人と仲良くすればいいのに]と言った時には[他人と話し続けるのは疲労困憊ひろうこんぱい、疲れるの]と言っていた。その弥生が楽しそうに話していたのだ、僕は嬉しかった。


翌日、12月8日水曜日。

 朝から冷え込む日だった。

 この日には僕らのアメリカデートはなかったことのようになっていた。弥生はまた孤独になってしまった。二時間目の国語の授業が終わる頃、雪が降り始めた。国語の先生は

「すぐに止むだろう」

 と言った。僕らもそれを信じていた。

 昼休みになっても雪は止まず、外で遊べない生徒が教室で騒いでいたので、いつもより狭く感じられた。弥生は、黒板の近くで話している女子のグループの話題に興味を示し、入りたそうにしていたが、諦めて手元の『使えたらかっこいい日本語辞典』に再び目を落とした。

 そのまま雪は降り止まず、6時間目にもなると地面に積もっていた。天気予報では晴れとなっていたので、多くの生徒が[俺今日、長靴履いてこなかったよ]とか[傘持ってくればよかった!]とか言う声が聞こえるようになった。

 僕も傘を忘れたが、いつも折り畳み傘を持ってきているので心配はなかった。

 そんな中、雪は一向に止む気配を見せず、時間が経った。

 部活が終わると弥生が声をかけてきた。

「ねえ、岳流。いつも折りたたみ傘持ってるわよね?もし、二本あったら貸してくれない?」

『二本』とは、折り畳み傘の他に、持ってきているか?という意味だろう。

「えーと、分かった。いいよ」

 僕はリュックサックの中から折りたたみ傘を取り出して、弥生に手渡す。

「ありがとね」

「ううん、平気。風邪ひいたら大変だもん」

 そう言って昇降口から出て行く弥生を見送る。

「さて、どうするか...」

 僕はリュックサックの中からビニール袋を取り出した。雨の日に本を入れる用だ。

 まあ、気休め程度にしかならないが、両手でしっかり持って、頭の上に構えれば、少しは防げるだろう。

 僕はその方法で走って帰ることにした。僕の家と弥生の家は斜向かいなのだから相合い傘でもすれば一本の傘で帰れたのだが、そうする気にはならなかった。

 そうすると、もう一つ問題が発生する。僕が走って帰ると、同じ方向である弥生を追い越すことになる。仕方がないので遠回りだが会わない道を走るしかない。覚悟を決めて昇降口から飛び出した僕はいつもの左の階段は登らず、右に曲がる。角を曲がり切った僕が見たのは僕の傘をさした弥生だった。

「そんなことだろうと思った。あなたがこっちに来ることも分かってたし。あなたの考えることなんてお見通しよ」

 まだ状況が飲み込めずに立ち尽くしている僕をよそに、彼女は傘を持つ手を僕の方に伸ばし、声高らかに告げた。

「さあ、相合い傘でもして帰りましょう。それが一番良い帰り方よ」

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