第19話『アメリカデート:終戦編』

「(嬢ちゃん、覚えときな。人は起こってしまったことを無かったことには出来ないが、なかったように振る舞うことは出来るんだぜ)」

 カッコよさげにそう言う男性。しかし、何を言っているのか分からない。それでも、その人がカッコいいことを言っていて、その人がそう言うことが似合っている風格の人物であると、直感で理解した。すると、より一層その人の事が気になってくるものである。

「ねえアヤ、あの人は誰?何言ってるの?分からない事が多すぎて何から聞けば良いのかも分からないよっ!」

 慌てる僕に、アヤはさとすように言う。

「大丈夫。彼がなんとかしてくれる。ただあなたは準備と覚悟をしておいて」

「...え?」

 そして、男が動いた。

「『Transparent透化』」

(消えたっ⁉︎)

「さすが『完全犯罪』」

「完全犯罪?」

「そう、彼はルドルフ。『完全犯罪Complete crime』のルドルフよ。日本でも結構有名な脳戦士なの。だから彼に任せて私達は見ていま...」

「ルドルフさん。僕も助太刀しますって言っといて!」

 僕は『天叢雲剣』を『想像創造』して飛び出す。

「ちょっ...まっ...」

「(ルドルフさんっ!クサナギを止めて!)」

「(はぁ...ガールフレンドを困らせちゃダメだろ少年)」

「何ですか?邪魔しないでくれま...っ!」

 僕の鳩尾みぞおちに、ルドルフの見えない蹴りが綺麗に入る。僕はその場に倒れた。

(動けなくても...『灰の目』なら...)

「クサナギ!あいつはあなたの真似をするドッペルゲンガー。あいつを傷つければ、あなたも傷つく。今ここで『灰の目』なんで使ったらあなたもろとも死ぬ。だからここは、ルドルフさんに任せて...」

「君は、僕より、彼を信じるんだね...」

 僕達が揉めていると、ルドルフが何かを言った。

「(おい、ミルヒル。こいつら何話してるんだ?)」

 その声に反応してか、どこからか脳獣が急に現れて言った。

「(痴話喧嘩っすね。はい)」

「違うわいっ!」

 何を言ったのか知らないが、アヤが激しく反応する。

「(しょうもない...)」

「ルドルフさんっ⁉︎」

(今がチャンスだ)

「『灰の...アッシュ...』」

「ちょっと待ってくださいね。はい」

 ルドルフの所有脳獣と思われる脳獣が僕の前に飛び出す。僕は『灰の目』を中断せざるを得なかった。

「邪魔だ、どいてくれ」

「いやー、ルドルフさんにそう言われてる以上どくわけにはいかないんですわ。はい」

「お前は誰なんだよ!というか、日本語話せるのか?それに、さっきなんて言ってたんだ?アヤが過剰に反応してたけど...」

 脳獣は答える。

「自分はミルヒルといいます。『アメリカ人』の脳獣です。日本語は話せますよ。日本出身ですからね。はい。後は、さっきなんて言ったかでしたっけ?あれは『痴話喧嘩っすね。はい』って言ったん...答えてる隙に行こうとしないでください。ルドルフさんが困りますから。はい」

 僕がどんなに頑張ってもミルヒルに邪魔される。

「来ますよ、クサナギさん。堪えてくださいね。はい」

「えっ?何が?もうちょっと分かりやすく説明してほし...」

Die死ね

 アヤがドッペルゲンガーと呼んでいた僕の姿の脳獣がルドルフの攻撃右ストレートを受けて、吹き飛んだ。それと一緒に僕も後方に飛ばされる。

 ドッペルゲンガーの脳獣が喰らった攻撃が、そっくりそのまま僕にも反映されたのだろう。痛い、とても痛い。

「『Resetリセット』」

 でも、もう痛くない。

(あれ?なんでだろう?)

 そう思った時には元いた場所に立っていた。

「驚きましたか?これが自分の主人あるじルドルフさんの力です。はい。。それが彼の脳力です。はい」

「すごい...強い」

「だてに『完全犯罪Complete crime』って呼ばれてるわけじゃないんですよ。はい」

 でも、ドッペルゲンガーの方には痛みが蓄積されているように見える。ボロボロだ。

「ああ、あれですか?今ルドルフさんはクサナギさんの痛みだけリセットして、ドッペルゲンガーにだけ痛みを与えているんですよ。はい」

 耐えきれなくなったドッペルゲンガーが逃げる。

「(チッ!)」

 慌てたルドルフさんが追いかける。アヤもその後を追う。そして、僕は思いついた。

(...あ!あれなら。でも、ルドルフさんアメリカ人に伝えないと...あーもう!弥生風に言うなら『背に腹は変えられぬ』だね!)

 思いっきり息を吸って

ミスタールドルフルドルフさんヒットミー僕を殴って!」

 と叫んだ。

 僕はの苦手な事はあくまで、『英語のリスニング』と『英語のスピーキング』要するに、『英語のリーディング』と『英語のライティング』は得意なのだ。要するに、文法は分かるが、話せないという状況に陥る。

 つまり、発音を気にしなければ、十分に外国人と話す力があるということである。まあ、それが一番重大な欠陥なのだけど...。

 しかし、それでもルドルフさんには伝わった。

「(...そうか、分かった。お前がそれで良いなら)」

「カモン!」

 ルドルフさんが方向を急に変えて僕に向かって飛んでくる。そして、力強く握りしめた右手を僕に叩きつけた。

「『Resetリセット』」

 ドーン!

 遠くで大きな音がした。

「ドッペルゲンガー確保!」

 遠くでアヤの声がした。

「Finish」

 ルドルフさんが呟いた。


 僕とルドルフさんはアヤの元に駆けつけた。アヤはドッペルゲンガーを後ろから抱きつくように押さえつけている。僕の背中にある感触は忘れておいた方が身のためだろう。

「(よう、ドッペルゲンガー。随分と手間かけさせてくれたな。支部長から依頼が入ったのが一週間前だから随分かかっちまった。まあ、日本の脳戦士達のおかげで少しはマシになったか?お前にどんな価値があるのか知らねぇが、支部長が欲しがってるんだから連れていかせてもらうぜ)」

 僕にはさっぱりだ。知っている単語もあるのだろうけど、字として見るのと言葉として聞くのではこうも違うかね。


 いずれにせよ、アメリカでのドッペルゲンガーとの戦いは、僕らの勝利だ。

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