第9話『灰の雨を降らせる者』

 ヴァンパイアとの戦いから1週間が経った。脳戦士に脳戦士の社会があるように、脳獣にも脳獣の社会があるらしい。その社会では脳戦士に賞金がかかっていて、それはより強い脳戦士ほど高くなるらしい。そしてNo.8である僕はほぼ毎日のように襲われる。僕はそれを『所有契約』を結んだみんなと一緒に倒すのだ。しかしこの日は何もかもが違った。最初に異変に気がついたのはユイカだった。朝、僕が起きると、ユイカはいつも通り朝食を作っていたが、僕が起きたのを確認すると手を止めて言った。

「岳流君、ここ数日で沢山の脳戦士がやられている。何か強い組織が動いているという噂もある。由祈を殺した奴かもしれない。私たちをつないだのは由祈で、その由祈がいなくなってしまった以上私たちは赤の他人に過ぎない。でもね、これだけは覚えておいて、あなたが由祈の大切な人である以上、私はあなたを守るから」

 その目は真剣だった。だから僕も真剣に返す。

「ありがとうユイカ」


 次に知らせがあったのはその日の午後、隠れ家で留守番をしているセイからだった。

「岳流殿、『千の塔』1階『地上庭園』上空より多数の脳獣が接近中。現在、脳戦士達は戦えるものを集めて軍を組むようだ。かなり大規模な戦いになると予想される。隠れ家にも被害が出るやもしれん。脳戦士達はトップ20に助力を求めている。来られるか?」

「分かった、すぐに行くよ。弥生には伝えた?」

「うむ」

「クサナギより申請,入場,千の塔,1階,地上庭園」


 僕が地上庭園に着くと、もう戦闘は始まっていた。

 敵サイドは力の弱い脳獣200。

 味方サイドは戦歴の脳戦士80。そこに所有脳獣達も加わり、たとえ数が少なくても脳戦士側が有利な状況だった。

「おーい、『魔眼』と『賢者』が来たぞ」

「戦況は?」

 僕は聞いた。トップ20になって通り名がつくと相手が現実世界で年上であろうと、タメ口で話せるし指示通りに動かせる。

「あいつら個体は弱いんだが、上空から遠距離攻撃してくるもんだからこっちは遠距離攻撃できる奴か飛べる奴しかまともに戦えねえ」

 イカツイ顔をした脳戦士達に迎えられた僕らはそれぞれ構える。アヤは昔雪女のサユキと契約した。それこそがアヤが『氷の賢者』などと呼ばれる理由。彼女の前では、どんなに強い炎も無意味だ。

「『サユキ』力を貸して。『気象変更・雪』」

 空が雲に覆われる。そして雪が降ってきた。その雪は強い吹雪へと変わり、脳獣は下へ下へと追い込まれていく。

「さすが『賢者』さん。やることが違うね。おーいお前ら、一気にたたみかけるぞー!」

「「「「「「うぉー!!」」」」」」


 飛べる者は飛び、飛び道具を使う者は使い、どちらもできない者はそれぞれの得意分野で戦った。

 僕はどちらもできないので、『天叢雲剣あまのむらくものつるぎ』を伸ばして戦った。

 上を見ながら後方へ二歩下がった。誰かとぶつかる。

「す、すみません」

 剣を元の長さにして僕はその人を見る。

「ああ、大丈夫。君こそ大丈夫か?って君『魔眼』か。重要な戦力だ。頑張れよ」

 そう言って僕の右頬を二度叩く。どちらかと言うと、上より。つまり右目近くを優しく叩いた。

「おい!『台風』っ!どこで油売ってやがる!戻ってこい!」

「おーこわ。怒られちゃった。もう行くわ。頑張れよ」

「はいっ!」

 僕は右頬を撫でる。

(『台風』?じゃああの人、No.19の『台風一過』か?)

 そう思いながら僕は再び剣を伸ばした。


 戦いも終盤。しかし、最後の一押しが足りないので作戦会議がなされた。

「何か案がある奴はいねーか?」

 さっきのイカツイ人が言った。

「あの、所有脳獣を使わないで、脳戦士だけを使って敵をなるべく一箇所にまとめられないでしょうか?」

 僕は言った。

「何でだい?」

「今の僕には、奴らを一撃で全員葬り去る方法があります。ただ、皆さんの所有脳獣が敵に近づくと一緒に殺してしまう」

「分かった。『魔眼』がそう言うならやってみようじゃないかい」

「ありがとうございます」

 僕は頭を下げた。


 それからしばらくして

「『魔眼』用意ができましたぜ」

(この技は強い。なんてったってレベル9バイヤの持っていた脳力なんだから。きっと役に立つ。別に使ってみたいわけじゃない)

「ありがとうございます。所有脳獣の皆さん、僕の視界に入らないでくださいね」

(この技はバイヤが海外の脳獣だから英語で言わなきゃいけないのがキツい。英語のリスニングとリーディングは苦手なのに...)

 まあ、やるしかあるまい。

 僕は右目に眠るバイヤの力を意識する。全身の力が右目に集まるのが分かった。敵も味方も僕自身も、凄まじい力の胎動を感じた。その力が膨らみ、

(抑えきれない)

 そう感じた刹那せつな、言葉とともに、力が放たれる。

「『灰の目アッシュアイ』」

 ちなみに、この時の僕は認識できなかったが、後から聞いた話ではこの時、僕の目は灰色に光っていたらしい。

 一瞬の静寂。刹那、世界が灰色に染まる。

 空を飛んでいた脳獣が一斉に灰に還る。地面に雪と共に灰が降り積もる。誰かが言った。

「こりゃすごい。灰の雨だな」

「灰の雨を降らせる者の誕生だ!」

 歓声が上がる。

 みんなが終わったと思っていた。しかし生き残っている奴がいた。

「おい、まだ残ってるぞ。どういうことだクサナギ」

「『灰の目アッシュアイ』は体が有機物でできてる奴にしか効かない、体が無機物でできてると灰にならないから」

 味方の大部分を一瞬にして灰にされた無機質製の残党達が死を覚悟して突っ込んできた。

「おい、どうすんだよ」

 僕は力の反動で動けない。

 その時、誰かが飛び上がった。

「あれは、No.1じゃねぇか?」

「『威力上昇』三積み、『速度上昇』二積み」

 上空で残った脳獣に向かって低く落ち着いた声を響かせながら殴りかかる者こそ脳戦士ランキングのNo.1。最強と呼び声の高い脳力『身体改造』を持つ男。戦場で返り血を浴びながらも突き進み、敵を次々と葬り去ることから『血色けっしょく死神しにがみ』の異名を持つ脳戦士『サリエル』彼は握った右手を前に突き出す。

 異様なまでに加速された拳は、空気を揺らす。

 たったそれだけの動作で、残っていた脳獣は吹き飛ばされ、全滅した。最強の脳戦士の力は今日も揺るがない

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