第4話『誕生日』

 その後も赤髪の四人を順に回ったが、年齢だったり性別だったりみんなハズレだった。見るからに落ち込んでいるアヤを連れて僕はアイスを買った。僕の奢りだ。手近なベンチに座って無言で食べた。僕のチョコレートアイスが半分ほどなくなっても彼女は自分のストロベリーアイスにあまり手をつけていない。

「どうしたの?溶けちゃうよ」

 ずっと下を向いていた彼女の目から涙が溢れ落ちてはアイスカップに入り、溶けかけのアイスと同化して見えなくなった。

「ごめん」

 ぽつりと一言言った。

「私、あなたの役に立てると思ったのに、立ちたいと思っていたのに、私のせいで無駄な一日を過ごさせちゃって。今日はユイさんの命日だから、今日みたいな日に犯人見つけられたらかっこいいなとか、勝手に思っちゃったりして。だけど同時に今日はユイさんの誕生日だものね、ユイさんはきっとクサナギに祝ってもらいたいでしょう、なのに私はあなたとユイさんの時間を引き裂いて、情けないよ本当に」

 句点のない長々とした文を早口に言い切ると、しょっぱいであろうストロベリーアイスを急いで口に放り込む。そしてつぶやくように

「ごちそうさま」

 と言って塔から出るための呪文を唱えた。

「アヤより申請,退場,千の塔,1階,地上庭園」

 彼女の体が白く発光する。そしてタンポポの綿毛のような光を宙に撒き散らしながら、足から順に消えていく。そして僕は叫ぶ。

「明日も1階に集合、絶対だよ!」

 そして彼女が完全に消えると、僕も立ち上がって言う。

「クサナギより申請,退場,千の塔,一階,地上庭園」

 白い光を放つ体は徐々に消えていき、気がつくと、自分のベッドの上にいた。ベッドの横のデジタル時計は7時26分を指していた。0、7、2、6。

 6÷2=3、3+7=10、10+0=10。

 最近気に入っている四つの数字を加減乗除して十にする遊びだ。いい頭の体操になる。僕はベットから立ち上がって伸びをすると鍵を開け、一階へと続く階段を一つ一つ踏みしめながら降りていった。


 リビングに着くともうみんな椅子に座っていて、早く早くと急かしている。スーパーでパートをしている母、美冬みふゆ。宝石の販売店を営んでいる父、大和やまと。そして今日で十六歳になる姉ちゃん、由祈。しかし、正確には、姉ちゃんではない。意識が死んで、脳死--つまり植物状態の姉ちゃんの体は、意識がないと衰弱し、死んでしまう。だから姉ちゃんの体を守るために代わりに動かしてくれている姉ちゃんの脳獣『ユイカ』彼女はいわゆる意識が破壊された人間の脳に入ってその人間を乗っ取る『脳魔人』と呼ばれる討伐対象だが、ユイカは姉ちゃんの初めての仲間で、姉ちゃんは親友であり姉妹であり、相棒なのだと言っていた。だから害はないし、神にはちゃんと届け出を出してある。

 昔、姉ちゃんに初めてユイカと合わせてもらった時、ユイカと姉ちゃんがあまりにも似ていたので驚いたことを憶えている。

 姉ちゃんが[この子がユイカ。私の姉妹きょうだい。仲良くしてね]と言ってきたので、僕が[じゃあどっちが姉なの?]と聞いたところ[じゃあ双子]と言ったので笑ったことを今でも覚えている。後に調べて分かったことだが、ユイカは元々『姉の脳獣』だった。しかし、姉ちゃんが双子と言ってからそれが『双子の姉の脳獣』に変わっていた。それは姉ちゃんの想像力が強すぎるあまり、ユイカの肩書きに干渉してしまったと考えられる。やはり、このようなエピソードを聞くと姉ちゃんが最強の脳戦士だったのだと思い出される。しかし、その姉ちゃんは死んだのだ。でも、姉ちゃんの両親は脳獣のことも、姉ちゃんに襲いかかった悲劇も知らない。だからユイカが姉ちゃんの体を動かしていることは両親を悲しませないことにも繋がっている。表面上は平和な世界が僕の家には広がっている。

「今日は由祈の誕生日だから豪華に作ったわよ、冷めないうちに食べちゃいなさい」

 と母。父は食卓に並ぶ美味しそうな料理の数々を見て

「本当だ、みんな美味しそうだ」

 と言った。

 僕は両親にはこのまま脳獣を知らないで、姉ちゃんの死を知らないで生きてほしいと思う。

 だから、会話はボロを出さないように、日常的なものを。

「ねえ母さん、ケーキはあるの?」

 と僕。

「ええ、由祈の好きなフルーツタルトを買ってきたわ」

「やった、ありがとうお母さん」

『姉ちゃんがいなくなる前と変わらない生活』母さんたちにはそう見えているのだろう。簡単に崩れる氷の上の生活がまだ守られていることを楽しい食事が語っていた。


 僕が自室で寝る準備をしているとイツキが話しかけてきた。

「明日はどうするんだ?」

「明日は土曜日だから午前に部活がある。その時に弥生と午後のことを話して決めようと思う。そしたら『地上庭園』で情報収集するから、三人も来てね」

 三人というのは僕の仲間の脳獣。所有脳獣の契約を僕と結んだ三人だ。

 脳獣にはレベルというものがある。

 強さ、脳力、大きさ、知能、種族等を判断材料に一から十まで決められる。数字が大きくなれば大きくなるほど強くなり、トップ20に回される仕事のほとんどがレベル九や十の脳獣退治だった。そして、強い脳獣と戦うためには強い脳獣仲間が必要だ。だから僕の仲間は高レベルの脳獣たちだ。


『イツキ』レベル六。カメラマンの脳獣。人型。脳力は『メモリアル・ショット』

『セイ』レベル十。海馬の脳獣。神型。脳力は『津波』

『サスケ』レベル八。忍者の脳獣。人型。脳力は『変化へんげ


 みんなが

「もちろん」

 と言ったのを聞た僕は、安心してすぐに寝てしまった。

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