第3話『仲間のためなら…』

 目を開けると、そこにはいつかテレビで見た中世ヨーロッパの国々のような建物が並んでいた。

 とはいえ、色や外観(テレビでしか見たことがないけど…)から中世ヨーロッパを想像してしまうだけで、大きさは都会のビジネスビルのそれだ。広めの土地は五つのビルだけで占めている。

 中央に空いた僕たちが広場と呼んでいるスペースを囲むように、圧迫感のあるビルが並んでいる。

 ここは、世界最大級の脳獣『千の塔』本名『タワー・オブ・サウザンド』その1000階『中枢都市』と呼ばれるエリアだ。

 『千の塔』とは、僕たち脳戦士が『脳内世界』と呼ぶ世界の一つで、その構造は、一階の『地上庭園』から伸びる天を貫く塔と『地上庭園』の総称である(塔の外にある庭園を一階と呼ぶのはいささかどうかと思うが…)。

 その塔は(この時の僕の知る限りでは)内部999階建て。一階を合わせて1000階建て。その一階一階に違った世界、違った季節を楽しめる。例えば、778階『天空丘陵てんくうきゅうりょう』やそのプライベート世界である『空の丘』は一年中春だし、紅葉が綺麗な836階『深秋寺しんしゅうじ』は一年中秋。人気の観光スポット72階『灼熱砂浜しゃくねつビーチ』はご想像通り、一年中夏である。他にも、千の塔には賭博場とばくじょうや三大観光名所と呼ばれる階、巨大な山脈や、無限に続く森が存在する階もある。

 そしてここは『中枢都市』。中世ヨーロッパのような外観にして、この千の塔の中で最も多くの情報がひしめく、脳戦士の拠点だ。

 僕たち脳戦士は神がまとめていて、沢山いる神々をまとめる『脳皇のうおう』と呼ばれる脳戦士がいる。そして、その脳皇はここに住んでいるという噂があるが、本当に見たという人がいないので、噂の域を出ない。実はそこら辺にいるかもしれないのだ。


 さて、『中枢都市』にある五つの建物には名称がついている。それぞれ

財務所ざいむしょ

最高裁判所さいこうさいばんしょ

脳獣管理所のうじゅうかんりしょ

脳戦士管理所のうせんしかんりしょ

脳戦士会議所のうせんしかいぎしょ

だ。僕はその中の『管理所』を一瞥いちべつしたのち『管理所』に足を踏み入れた。

 四つある受付は混み合っていた。最後尾に並んで待っていると、封筒を胸に抱えたアヤに肩を叩かれた。

「遅い、もう調べちゃったわよ」

 アヤは頬を少し膨らませて言う。

「ごめん…」

「はい!去年の10月30日に種類を問わず塔に来た人は約三千人。そのうち日本人は約八百人、そして赤髪は七人、そのうち二人死亡だから五人!順に聞き込んでいきましょう、善は急げよ」

 そう言って持っていた封筒を勢いよく押し付けてきた。僕の目から涙がこぼれた。別に痛かったからじゃない。

「ありがとう。本っ当にありがとう」

 涙でかすんだ視界の奥に、優しく微笑むアヤがいた。

「何泣いてるの?それにまだよ、私に感謝するのは犯人が見つかってから!さあ、一人ずつ聞き込みしましょう?」

 と言って先に歩き出した。しかし僕は歩けない。それに気がついた彼女は振り返って聞く。

「どうしたの?」

 僕は返す。質問に質問を。

「...で?」

「何?」

 この一年間、ずっと思い続けていたことを。

「何でそんなに協力してくれるの?」

 少し間を開けて彼女は答える。

「ユイさんには戦い方からおすすめの階まで教えてもらってとてもお世話になったし」

 また間を開けて答える。今度は満面の笑みで。

「それに、仲間が困って悩んでいるのにほっとけないしね」

「...ありがとう」

「はいはい、分かった。『ありがとう』はいいから、さっ行くよ」

 彼女は僕の背中を押して歩く。脳戦士は基本的に一匹狼だ。なのに彼女は仲間だと言ってくれた。

 それがとても嬉しかった。

 そして、もう一つ理由があるのだが、ここに書くまでもないだろう。そのうち書くさ。


「「クサナギ(アヤ)より申請,移動,千の塔,1階,地上庭園」」

 舞台を一階『地上庭園』に移動して聞き込みを始める。(聞き込みって、刑事ドラマでしか使わないと思っていた)


 アヤの考えはこうだ。

 1.昨年10月30日。事件が起こった日に、もともと知名度が低い『空の丘』に入った赤髪の脳獣はいなかった。

 2.なら、脳戦士ではどうかと考えた。

 3.そして、あの日、千の塔に入った赤髪の脳戦士に聞き込みをしようと思い立った。


 まずはベテラン脳戦士の男性、脳名は『ロキア』まずアヤが話しかける。

「こんにちは、ロキアさんですね」

「ああ、俺はロキアだが、どうしたんだ?」

 僕が続く。

「『ユイ』っていう脳戦士が死亡した事件なんですけど、知っていることがあれば何でもいいので教えてくれませんか?」

「ああ、その事件なら知ってるよ。No.1が死んだって世間が騒いでたな。たしか、『野良脳獣による事故』で片付いたんじゃなかったのか?」

「僕は、ユイの弟です。世間的にはそうなっていますが、僕は野良脳獣なんかが犯人じゃないことを知っています。僕はあの時そこにいましたから」

(何も出来なかったけど…)

「その犯人の手がかりに赤髪の男っていうものがあったので、こうやって赤髪の脳戦士に聞いてまわっているんです」

 しばらく悩むように顎をさすっていたロキアだったが、さするのをやめて口を開く。

「でも俺が髪を赤くしたのは三ヶ月前だからな、その事件は一年も前の話だろ?俺とは関係ねぇわ。すまねぇな力になれなくて」

 どうやらハズレらしい。

「いえ、ご協力ありがとうございました」

 二人揃って頭を下げる。疑ってしまったのだからこれくらい当然だ。

「なんかあったら連絡するよあんたら名前は?」

「脳戦士ランキングNo.16『氷の賢者』アヤです」

「脳戦士ランキングNo.8『魔眼』クサナギです」

「二人とも通り名持ちトップ20かい、こりゃすごい人たちと会っちまったもんだ」

 僕たちも何気に有名人なのだ。

 そしてロキアと別れた。

 この物語もまだまだ序章だ。

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