第1話『姉ちゃんの命日』

 午後の授業をサボり、僕は丘に来た。

 緑色の草に、点々と咲く色とりどりの花々。天を仰ぐと、吸い込まれるような雲一つない青い空が広がっていた。どこか現実離れした丘。そう認識するほどにそこは綺麗だった。

 円形の土地とちの中央にそびえ立つ大樹。他に木は見えない。たった一本の大樹が、この丘に来るもの全てを見守っているように見えた。

 丘の直径は75Mメートル程。外周には半透明の壁があり、ドーム状で丘を覆っている。美しい装飾が施された壁はステンドグラスのよう。その向こうは見通せないが、壮大な広さを感じられる。


 名前が無かったその丘に、姉ちゃんがつけた名がある。

そらおか

それがこの丘の名前。姉ちゃんとの思い出の場所。

 そして姉ちゃんが命を落とした場所。

 大樹の根本には、剣を刺しただけの墓がある。

 僕は近づいて、その剣の柄をそっと撫でる。姉ちゃんの愛剣だった『天羽々斬あめのはばきり』は、想像力で物を創造する力『想像創造そうぞうそうぞう』で、姉ちゃんが昔作った剣。姉ちゃんが死んでも、何故かそこにのこっている。否、のこっている。

 そこに想像創造で造った花束を添える。しばらく黙禱もくとうし、目を開けて言う。

「久しぶり姉ちゃん。来たよ」

 その時、風が吹いて葉が揺れる。

「何?学校サボるなって?嫌だよ。菊先の授業、面倒くさいんだもん。でも、午前はちゃんと受けたんだから許してよ。なんたって今日は...」

 すると誰かに肩を叩かれた。振り向くとそこに少女がいた。

「やっぱりここだと思った。また授業サボって、早く帰りましょう。菊池先生が龍の如く怒ってるわよ」

 僕のクラスメートであり、僕の友人、そして僕の同業者である弥生やよいだった。

 同じ学校というだけで、側から見ると特に接点もないように見える僕ら。でも一つだけ、僕と弥生が『脳戦士のうせんし』である事が僕ら二人を繋いでいる。

 そして僕達脳戦士には、脳戦士として戦うための『脳名のうめい』と呼ばれる名前がある。僕の脳名はクサナギで、弥生の脳名はアヤである。そして、空の丘を始めとした『脳内世界のうないせかい』と呼ばれる場所では脳名で呼び合わないといけない。

「その上、アヤまでこっち来たら菊先の怒り、収集つかなくなるだろ」

「まったく...人の名前は略さずにちゃんと呼びなさいって何度言ったら分かるのかしら...それにあなたを注意したらすぐに戻るつもりだったし...でもそうか、今日がユイさんの命日だものね。本当に、光陰矢の如しとはこのことね。あれからもう一年か...」

 アヤはしばらく感慨深そうに目を閉じていたが、気持ちの整理が出来たらしく目を開けて言った。

「私はもう帰るけど、菊池先生カンカンだからね。早く戻ってきなさいよ」

「菊先によろしく」

「菊池先生でしょ、どうしてこんな人が『脳戦士』になれたのかしら」

と言い残して、帰っていった。


『脳戦士』それは頭脳に長けた人達。世界中で五千人くらいいると言われている、ボランティア集団。

 脳戦士になるためには

 記憶力、想像力、空間把握能力、理解力、知識量、脳力のうりょくの基準を満たしている事が条件である。

 脳力とは特殊な力のことで様々な脳力がある。人間が生まれつき持っている可能性のある脳力は五種類だ。

 普通は目に見えない脳獣を見ることができる『対脳獣視覚たいのうじゅうしかく

 普通は聞こえない脳獣の声や音を聞くことができる『対脳獣聴覚たいのうじゅうちょうかく

 普通は嗅ぐことができない脳獣の匂いを嗅ぐことができる『対脳獣嗅覚たいのうじゅうきゅうかく

 普通は触れることができない脳獣に触れることができる『対脳獣触覚たいのうじゅうしょっかく

 普通は感じることができない脳獣の気配を感じることができる『対脳獣感覚たいのうじゅうかんかく

 この内の一つでも持っていれば、脳力の基準を満たしていることになる。

 ちなみに僕は『対脳獣聴覚』と『対脳獣触覚』の二つを持っている。


(生憎、僕の想像力と知識量と脳力はS判定だよ)

と心の中で悪態あくたいをついた僕は

「よしっ!」

と小さく叫ぶと立ち上がった。

「それじゃあ姉ちゃん、また来るよ」

そう言い残して『空の丘』を去った。


「こらっ!ようやく起きたか。佐々木」

 帰ってくるが早いか菊先に怒鳴られた。窓際まどぎわの席から弥生がこっちを振り向き、だから言ったのにとでも言いたげにため息をついている。

「起きてましたよ」

 僕の特技の一つ、ポーカーフェイスを使う。

「なら俺が今解説したこの実験を行う上での注意点を一語一句違えずに読み上げろ」

 そう菊先が言うので、仕方なく僕は立ち上がる。

 無理難題だ。起きていたって難しいだろう。僕でなければだけど。

「はーい、[この実験では試験管の口を下に向けなくてはならない。理由は発生した水が試験管の底につくと外と中の温度差によって試験管が破損する危険性があるからだ。よーく覚えておくように]そして杉本君の[でも逆さまにすると水がこぼれてしまいますよ]と言う発言に対し、[そこは微調整だな、それに逆さにしたら試験管を熱せないじゃないか、はっはっは。さてこの実験ではもう一つ注意しなくてはならない点が...]」

「もういい、分かったから座りなさい」

ノってきたところで菊先に止められる。

(なんだ、いいとこだったのに)

「はーい」

僕は座りながら言った。そして小声で

「ありがとうイツキ、助かった」

とつぶやく。

「いいってことよ、でも長居しすぎじゃないか」

 誰もいないところから声が聞こえる。

 でも、クラスメートは弥生でさえも、その声に気づいていない。

 声の主は僕の所有する脳獣『イツキ』

 彼は脳獣だからこのクラスで唯一『対脳獣聴覚』を持っている僕だけに、彼の声が聞こえる。だからこの時の授業内容はイツキに教えてもらえた。

「ごめんごめん、ちょっと考え事してて」

「何を?」

 イツキの質問に、僕は迷わず答える。

「姉ちゃんを殺した奴のこと」

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