第6話 息子が可愛い
末の息子が天使のように可愛らしかった。
親バカの自慢話と受け取ってくれ。
これでも文字通り一国一城の主なのだ。持てる宝のなかでも子供たちは皆自慢できる者だ。
中でも最近は末の息子が光る。母親の事もあり継承権は最下位なのだが、それでも生まれた事に感謝している。
この子は人上に立つには不向きだが、側で誰かを支えるには適した才能を持っているのかもしれない。
相手に寄り添い励ますような、そんな考え方を自然としておるのだ。容姿も特段素晴らしい。幼く無邪気なところがあるが、それ故に裏を感じさせず、こちらも素直な気持ちになれる。息子や妻が入れ込むのもわかる。
この子の母は貴族でも無く市井の民であった。こちらの不手際で両親を亡くし、本人も傷付いた所を引き取り給仕として雇うことで罪滅ぼしをしていたが、儂のいたらなさ故に絆されて生まれた子だ。
政争の場に彼女を置くことは良心を苛む事もあったが、正妻親子と上手く和解出来たようで、その庇護下に入り安心していた。
先日、宰相と将軍の間を取り持ったと聞いたが、その後、話してみて理解した。
早めに隠居してこの息子を側仕えに遠乗りや旅行にでも行きたいものだ。
そんな事を考えていたのだが、
「申し訳ありません、父様」
今、あれから成長し思春期を迎えた年頃の末の息子が私に短剣を向けている。
その目に殺気の様なものは無く、その行為の結果に対する覚悟だけが感じられた。
王宮内の、帯刀の許可されぬ場所への武装の持ち込みと抜剣。その意味するところは知らぬはずも無かろうに。
「何故だマルスよ、母を喪い錯乱しているならまだしも、お前を支えようとする他の兄や母達の想いをお前が裏切るとは思えん。」
「それ故になのです。ティアラとの事、私がその親しき家族達を裏切ってしまった。しかし、皆は私を罰してはくれませぬ。私にはそれが耐えられぬのです。」
傍らに居た妻が息をのむ。
彼の言うことは解る。庇護してくれる王妃の進める縁談を破綻させ面子に泥を着けたのだ。権威の無い末席のものが。しかし、新たな縁談が進み始め何事もなくそれを祝福する空気がある。これは異様と言える。
その事を誰より理解していたのが当の本人であり、自らそれを正しに来たのだ。命をかけてまで。
「もっと早く、教会にでも親子揃って匿わせるべきであったな。」
「かもしれませぬ。ですが今日まで私はとても幸せでした。父上の慈悲と愛には感謝の気持ちしかございません。」
惜しいが彼を止める言葉は無かった。
「マルスはこの場でか。」
「いえ、王宮内を血で汚す積もりはございません。」
「構わぬ。戦で攻めこまれれば城内にて果てる王族も居ろう。お主の身には儂の流れておる。なればこそだ。」
突きつけられた刃が下ろされ、マルスだった、息子だった男が後退る。末の王子ば今、凶刃に倒れたのだ。罪人は逃げおおせる。
「なれば、無傷で出でるつもりもありません。」
そういって男は手に持った短剣を自ら顔へ向けた。しかし、その刃が何かを切ることは無く、男の後ろから伸びてきた手に止められていた。
そこには第2王子が何とも気さくな様子で立っていた。
「マルスよ,お前の顔は奇跡の美術品だ。その価値はお前の命1つで購えるほど安くは無いぞ。ましてやその半分は父である国王のものだ。何より、美しく咲く花に積みはなくそれを詰むは人の業と罪だ。」
気取ったセリフにわが息子ながら目眩がする。
「父上、我が客人が失礼した。見ての通りと役者の卵でな伊達に模造刀を帯刀させておるのだ。以前、舞台で見つけてな今日は私が招待していたのだ。騒がせたようで済まない。」
気取った態度ではあるが、これはいつもこうして汚い部分を受け入れる。第二夫人の長男である。正室のいるこの場に入ってくるような事は今まで無かった事だ。息子達に起きている変化に何も気付けなかった事を、親として不甲斐なく思う所はあるが、同時に成長には頼もしさも感じる。継承権の低い末以外の息子達はすでに王宮を去っており、娘たちも嫁いでいる。そして末の息子も今別れを迎えた。これが最後であることを願うばかりだ。
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