第5話 弟が可愛い

弟が可愛い

これは自慢だ。王子と生まれ恵まれた環境で期待に応えて来て、何一つ不自由を感じた事がなかった。それ故にこういった充足感を感じたことは無かった。

誰かに他人を自分の事のように誇れる感覚。喜びを分かち合うということ。それを知れたのはこの弟のお陰だと思っている。

最初は何とも思っていない。継承権の順位も低い親戚だったが、無邪気に僕を兄と慕い、僕が次代の王になる前提で懐いてきた。

その容姿もあって完全に毒気を抜かれた。

そして僕以上に母が変わった。

気の抜けない王宮内の権威争いの中で、無邪気な弟の友好的な姿は張りつめた空気を緩ませてくれた。

母の言われるままに権威とは縁遠い嫁ぎ先へ婿へ行こうとしている所も良かったのだろう。異母弟とその母親に対しての僕の母の態度は明らかに軟化し、実子の僕よりも甲斐甲斐しく世話をやいているように見えた。あれもまた本来の母の姿なのだろう。


弟に気を許していたのは僕と母だけではない。父や他の有力な貴族達も弟に絆されるものはいた。


ある時、将軍と宰相が意見を対立させていた時だ。会議前に二人は剣呑な空気を漂わせていた。会議は結果を公にするばであり、その内容は既に決まっている。ようはこの会議前にどちらかが折れる。そういう時であった。共に食事をした後、たまたま弟と共にその場面に遭遇したのだ。


「マルス、ここは少し空気が悪いようだ。母上達のサロンへいこうか」


幼い弟にこの空気は辛いかと声をかけるが。


「大丈夫です兄上。お二人は真剣に国と民の事を考えるが故にこうして対立され居るのですから。私が目をそらす訳には参りません。」


初等教育を受け居ない幼児の発言に目の前の重い空気を産み出していた二人が目を見張る。


「将軍は国を守り預かった兵を家族の元へ返すため、兵達の待つ家族の暮らしを支えるため。どちらも大事で、どちらが無くなっても駄目なのです。ですが、どちらかを選ばねばならないときもあり、その結果批判を受けるものもいるのでしょう。ならば私達王族はその事を知らなければ。どちらも国と民を思って居たことを。難しい話は私にはわかりませんか、それだけは知っておかねばと思うのです。」


驚いた。その言葉には何の含みもなく。スッと胸に入ってきた。


「幼くとも王族か、今日はその小さな王子の理解もって由としよう。」


将軍が先に言葉を口にした。今回は彼が折れるという。だがその表情は厳めしい中にどこか晴れやかな物があった。

対する宰相はいつも以上に渋面を浮かべている。

その顔に背を向け将軍はその場を去った。


その日の会議では特に波乱もなく淡々と決がとられ、滞りなく終了した。

僕は今後の為に立ち会うことを以前から許されて居たが、その日は将軍と宰相の誘いで弟も同席した。

特に騒ぐこともなく、眠そうな顔もせず真剣に聞いていた弟に。参加した貴族たちも目の色を変えていた。

会議も終わり、父が僕たちの所へ足を運ぶ。


「今日はマルスも居たのか。静かにしておった様だし、宰相が許可したのも頷ける。」

「ありがとうございます父上。」

「それでどうだった?初めて父の仕事ぶりをみて」

まだ幼い弟に父もどこか甘い。


「父上は格好よかったです。」

「そうかそうか。どんなところが格好良かったかな?」

「ハイ、国の様々な問題を対処するために、切るところを切りその決定を下す姿は尊き王の姿と見えました。上がってくる提案や進言を受けて最後は自身の責として決をとく所が。」


この子供らしからぬ返答に父が言葉につまる。

「民の生活や命が関わる話、中には父上の決定で不利益を得て快く思わない者も出るかもしれません。ですが父上は国と民の為に、それらを受けとめる覚悟で堂々と決をとられていました。」

「そうかそうか。マルスはよく見ておる。」

「いつか父上や兄上が抱える重圧を少しでも減らせるように、初等部では励みたいと思います。」


この時の父上の蕩けたような笑顔は忘れられない。


「マルスは学校はまだか。」

「ハイ、今は兄上と同じ家庭教師殿と、第一夫人さまから指導を賜っています。」

「そうか」

父の目線がこちらに向く


「マルスは優秀な生徒ですよ。母も厳しくする必要が無いと、私の時とは異なる指導をしています。」

「そうか。」


恐らく厳しい躾をされてると思ったのだろう。

弟の言葉は上に立つ立場の父に寄り添う者の言葉だった。

選択した結果はどうあれ、その過程や思いを認めて支えてくれる。

彼が嫁ぎ、権威を失った後でも社交の場で会う機会は多いだろう。

変わらぬ彼が今後も身内として王宮の外で会いやすい場所に置ける。

母の思惑は、この時の僕の思惑はにもなったのだ。


「身を引いて、側仕えに置くかなぁ。」


看破出来ない呟きを漏らす父。勿論父に可愛い弟を独占などさせない。今後の私が国を支えるときの息抜きの場になるのだ。

あと、このやり取りを周りで聞き耳たてている貴族達。

特に将軍と宰相の目の色が違う。どちらも年頃の娘を持っている。

貴様らの所には絶対に渡さんからな。これは王族内の問題だ。よそいけ。

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