第4話 王子はすれ違う

ティアラが投獄されたという報せは、僕の意識を覚醒させるに至った。最初に聞いたときは何を言われているのか理解できず、聞き流したが、次第に理解不能な出来事に違和感を覚えて、事実確認をするためにようやく動き出した。

 事情を聞いて回れば、皆一様に口を閉ざす。しつこく尋ねるとようやく無断で王城への侵入を試みたとだけ聞き出せた。

今は王宮内の一室に入れられ明日にでも別の場所へ移すという。移す先は牢か、はたまた軟禁されるのか修道院等のそういう人物を送る施設か。一旦実家に戻される場合もあるだろう。

そうなると今後彼女と話す機会は失われるだろう。

そこまで思い至った時に、とても寂しい気持ちが胸を満たした。誰か身近な人間がある時を境に居なくなるという事への拒否感。母との別れに気持ちの整理もついていない為、それは止めようの無い物で、突き動かされ、彼女の入れられた部屋へと向かった。

見張りとして何人か兵が居たが、僕を止めることは出来ず、少しだけならと二人で話ことを黙認された。


部屋に入れば椅子に腰かけたティアラから鋭い視線を向けられる。

その様子にかけることばが浮かばす黙していると。彼女の口が開く。


「別れの言葉でも言いに来ましたか?」

「それは誰に、誰が?」

「そんな事はわかりきっています。貴方以外にどなたが。」


ああ、噛み合わない。僕が誰に別れの言葉を。母か?多分この時彼女は、僕との別れを考えていたのだ。

正式な婚約者で無かったがために。僕が別の相手を選ぶと。

そして僕は、第一夫人の言うままに彼女を選ぶつもりでいた。ティアラの考えは一切想定していなかったのだ。

この時、ティアラは僕の母について知らされていなかった。昨今の容態と既に他界したことも。

それを誰が仕向けたのかは知らない。

ただ、ここで交わした僕の言葉は優しく愛しい母への感謝と別れの言葉。

ティアラの言葉は僕からの遠回しな決別への返事となった。

翌朝を待たずティアラは姿を消した。実家にも戻らず行方知れず。それを知り数日して漸くこの時のすれ違いを僕は意識できた。

そして、如何に自分が回りの気持ちを蔑ろにしてきたのか。自分だけを大切にしてきたのか考え直す事になった。


気持ちの整理がつかない僕を兄は励まし、第一夫人は甲斐甲斐しく世話をしてくれた。その事に感謝の気持ちは絶えない。

またいつの間にか僕の新たな婚約者候補となった令嬢には申し訳ない気持ちで一杯だ。

僕は彼女に好意は抱けなかった。もちろん性的な魅力で言えばある。むしろ肉体的な話ならティアラよりあると言える。しかし、それだけだ。ティアラは僕を解っていた。正確には僕の立場と環境を。どういう環境で育ち、どういう目線て物を見てきたか解っていてそれに会わせられら素養があった。

第一夫人がすすめただけあって、これ以上望めないであろう相手だったのだ。

学校で過ごした数年でどれだけ知らぬ間に世話になっていたのだろう。

今はそんな感謝の気持ちを伝えることすら出来ない。

まともな別れの言葉も言えないままに、僕は大切な人を短期間に二人失った。


そして、その事は今の立場を変えたいと望む欲求へ変化していく。

しかし、全てを捨てようとするには自分は甘かった。今の恵まれか環境を離れ生きていける見通しは無い。助けられ過ぎて。そして半端な気持ちで居れば甘えたまま流されてしまう事も理解できた。行動を起こさなければならない。

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