第3話 雲行き不穏
初等部の卒業を目前に母が体調を崩したのが事のケチの付き始めだったのだろう。第一夫人が友好的になったとはいえ母の心労は尽きず、僕の生後のひだちも良くなかったそうでその頃に衰えた体力を取り戻すには至らなかったのだ。心のどこかで、別れの時が近いのを予感していた。いつも助言をくれるもう一人の僕もその予感を感じていながら何も言わない。彼が否定しないのなら、この直感には信憑性があるということだ。
その為に社交の場には母に代わり僕が第一夫人について参加していた。それは学業に勤しむ間も変わらず、その為に学内の人間関係に疎くなっていた。もしかするとそれだけでは足りないかもしれない。何がこの状況を生み出したのか
「わかったろうマルス、彼女は君に相応しくなんだ。末席とはいえ王族に身を置くものとして、選ぶべき相手を間違えてはいけない。」
そう声をかけるのは国軍の有力者の子息。同級生の中でも上位の地位にいる男子だ。名前はもう覚えていない。
彼が取り押さえて、床に腹ばいになっているのは第一夫人のおすすめだった彼女ティアラだ。
それを囲むように数人の男子たち、それぞれ有力な貴族や地位を持つものの子息達だ。そして僕の腕にしがみつくように身を寄せているのは新興貴族の令嬢だ。学校内で積極的に僕との距離を詰めようと活動していたのは覚えている。この時の年齢しては発育の良い身体を押してけて来ていた。
「皆一体どうしたっていうんだ、君も早く彼女を離したまえ。」
女性を押さえつけるような乱暴な振る舞いを諫めるが、彼女を開放するだけで敵意に満ちた視線は消えない。卒業前に主だった社交の場へ顔をつなぎ在校生や卒業生へ繋ぎを形成する。その為に放課後の友人関係にかかわらずにいた内にいつの間にか、嫁ぎ先の第一候補と新興貴族令嬢が対立していたらしい。
「マルス様はティアラ様にたいして寛容が過ぎます。そうした態度が今日事態を招いたのだと自覚していただきたい。」
そう述べるのは司法に関する部門の子息だったか。解放されたティアラは怒りと恥が半々の恨めしそうな視線で刺し殺さんばかりに僕を睨んでいる。
頭が痛くなりそうだ。
「ティアラももう良いだろう。ここまでにしよう。皆解散だ。この件はこちらで預かる。」
そういって無理矢理にその場を抑えて、帰宅する。今は出来るだけ母の側に居てあげたかった。いや、僕が母の側に居たかった。後日、ティアラには個人的に話をしておいた方が良いだろう。親族を除けば最も信頼出来る人間だ。能力的にも優秀で公私をわける事も出来る。
そうしてこの時も学園の人間関係を後回しにしたのだ。この自分を行動を周りがどう受け取り、どう行動するのかを何も考えていなかった。ここまで何でも思う通りになってきたのだから、今回も自分が動かなければこれ以上何かが起きることもないと錯覚していたのだろう。この問題は自分の目が及ばぬ所で始まり成長してきたということを失念していたのだ。
母を看取る事になったのはそれから数日後になる。たかまる気持ちに身体の奥から不思議な力が湧いてくるのを感じとり、それでも母を救える予感を感じだが、そんな僕の手を諌めるように取り、僕をじっと母は見つめていた。その瞳から光が消えていくのをただ見守るだけしか僕には許されず。母の手から何の熱も感じなくなった頃、後ろから誰かに抱き締められた。
共に看取っていた第一夫人だ。僕だけでなく母を実の妹の様に気遣ってくれた彼女が何も言わずに側に居てくれた。
その優しさが僕に悲しむ事を許さず、ただ呆然とするしかなかった。
それから更に数日後、ティアラが投獄されたと報せを受けるまで、僕の記憶ははっきりとしない。
ただ何も考えられず、心の整理もつかないまま僕の時間は止まってしまっていた。
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