第7話 第二王子
「まったく、アスランが聞いたら悲しむな」
僕の前を歩きながら兄が呟く。第2夫人の長男にして継承権二位の兄だ。数少ない王宮に残る次期国王候補の一人だ。
評判の方は芳しくない。曰く遊び人だ、借金を権力で踏み倒しただのと、良くない話と浮き名に事欠かない人物だ。第一王子と社交の場に赴いた時に顔を合わせた事がある程度の中でしかない。
「何故俺が出てきたかわからないって顔してるな。まぁわからなくもない。」
こちらの心情を見透かしたように彼は喋りだした。
「マルス、君には自覚が無いだろうがこちらは結構な借りがあるんだ。それこそ命を救われた程にはね。だから今回はその清算だと思っておくれ。後は個人的に兄貴のお気に入りに恩を売って嫉妬させたいってとこかな?」
ますます何を言っているのかわからない。
そんな僕をよそに、自室に先導し勝手に荷物をまとめている。学園の課外訓練で使った一般的な旅装束や道具を、まるで自分のもの様に手早く揃えている。
「マルスがアスランの母上、王妃殿に気に入られるまでは、この王宮内の空気は戦場さながらだったのだよ。」
どうやら継承権に関する水面下の争いで王宮内で殺気立った空気があったようだ。現王、僕の父の弟、叔父にあたる人物とその子息が王位を狙い第一王子を標的に隙を伺い、王妃はそれに警戒するあまり、全ての継承権を持つ人物への警戒を強め、時に暗殺すら匂わせる事もあったようだ。
早めにそんな中で僕が王妃の庇護を受けたのは大きな変化に繋がったという。
第一夫人は現王の息子達に対しての態度を軟化させ、第2王子に対しても継承権争いから身を引くなら地位と安全を保障すると約束したという。彼の素行の悪さはそういった側面も持つのだという。
「今は叔父上と兄貴とで勢力は別れてる。同じ父を持つ兄弟同士は仲良く協力関係。そのきっかけを作ったのはマルス、間違いなくお前のお陰だ。俺も母さんもそれが無ければどうなっていたかわからない。それくらい当時は物騒な時期だったのさ。」
「そんな事になっていたなんて。」
「お前が生まれる前からの事だからな。親父もお前をそういった話から遠ざけていたし、継承権の最下位であまり関与する事もなかったしな。」
話ながら荷物を渡され、服を着替えさせられる。今までの様に着替えを手伝う付き人は居ない。
「今回のティアラ嬢の件だが、俺達の関係を揺らがせる為の計画の一端であるのは掴んでいた。その点で防げなかった事への負い目もあるんだ。」
「それはどういう?」
問いかけても兄は曖昧な返事で返した。なんとなくだが、第二王子は噂通りの人物でなくはなく、何かしらの役目を持っているのだと感じた。最近は同化して出てこないもう一人の自分の知識からもそんな事柄があった。
着替えが終わると兄が一枚の金属板を渡してきた。学園に通っていた時にお忍びで街に出て作ったギルドの登録証だ。バレて取り上げられて居たものだ。
「少し弄ってある。これからはそれがお前の生い立ちだ。」
見れば賞罰有り。犯罪奴隷として王都で働き、解放された扱いだ。罪状は逃亡犯の幇助。犯罪への幇助は親等の指示で子どもが手を染めやすい。奴隷として親元から離し更正の機会を与える制度がある。
「まぁ、本当に前科持ちですが。」
「王に刃を向けた罪だ。身綺麗なままとはいかんさ。」
そのまま部屋を出て中庭へでると一台の馬車が荷物を積み込んでいる。
「これをギルドで受け付けに渡すんだ。」
兄が一枚の手紙を渡す。
「先駆けて依頼を出してある。この荷運びをもって奉公奴隷の刑期満了だ。あとこれを着けろ。」
そういうって渡されたのは奴隷の証となるアンクレットだ。アンクレットは罪の軽い犯罪奴隷につけられる。逃げると重くなり、足を締め付ける。最後は足を切断する。
言われるままに装着して馬車に乗り込む。
「あの、こんな時に何といえば、ともかくありがとう。」
「構うな。こちらも借りを返しているだけだ。まあ、帰りたければ外で名を上げて仕官してこい。それからティアラ嬢を見つけたら連絡をくれ。ギルドで常に依頼を出しておくから。お前からの情報ならすぐ解る。」
兄の言葉が終わるに合わせて馬車が走り初める。まるで何事も無かったように静かに王宮を去り、街のギルドに手紙を届け、その場でギルドの職員により足のアンクレットが回収されて、多くの人の目の前で、僕は解放奴隷、マーズとしての人生を初める事になった。
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