第18話 胃痛
トッド君とセレナ君の訓練を終えて狩人ギルドに帰って来た私は彼らと別れると早急に火竜アルマロスの討伐クエストを受注した。
本来、上級上位になって作成する予定だったアルマロス武器を作成する為だ。
「えっ。アルマロスをソロ討伐ですか?」
「早急にクエスト受注処理を頼むよ。本当に急いでいるんだ。」
私が寝ずとも通常通りに動けるのはゲームに睡眠時間に対するデバフが無いからだろう。狩人の睡眠はゲーム保存時にムービーが挟まるのであった。
火竜アルマロスの討伐へ向かう前の準備に『モスハンマー』に装備を置換し、フラッシュボムと回復薬を買い付ける。
今は少しでも早く素材を剥ぎ取らなければならない。
馬車の御者にアルマロス討伐の4分1のチップを払い、馬がつぶれない程度に早く移動して欲しいと頼むとその通りにしてくれた。
4時間程で森丘フィールドに到着し、火竜アルマロスの討伐を開始。
「っふー。4分弱かな」
アイテムを使用しての討伐時間だ。
下級武器で5分以内での討伐は十分プロハン基準に達している。
私はアルマロスの剥ぎ取りを終えると急ぎ馬車で狩人ギルドに向かい、再度火竜アルマロスの討伐のクエストを目的の素材が出るまで76回繰り返した。
◇
中級クエストの受付嬢リリィは定期的に来る全裸のおっさんに疲弊していた。
全裸とは『装備なし』の通称で、以前は防具も買えない貧乏人が狩人ギルドの門を叩く場合の差別用語だった。
現在になって初心者に最下級防具を提供できているのは、先人たちが全裸ハンターのその生存率の悪さから「敵モンスターに態々食料を与えている」と当時の狩人ギルドを説得し、身銭を切って防具を買い与えていた事から来る狩人ギルドの伝統だった。
だからこそ、狩人ギルドに全裸ハンターは居ない・・・筈なのだが。
「火竜アルマロスの討伐クエストを受注するよ。」
これで通算76回目。もっこりとしたスパッツの様なインナーが嫌に目に付く。
このおっさんは馬車に乗る御者を大金で釣って、馬を使い潰す勢いでフィールドに進行し、帰って来る。
今では彼のクエストの為に御者がローテーションを組み、嬉色を隠さずに働いていたが、それも当然だろう。
御者は知能が無い農家や畜産で食べている人間が組織のお抱えになって働いている。馬車に使う馬の繁殖・飼育を行いつつ、忙しくない時期にする副業の様な役割を担っている為に給料は安い。
しかし今は、彼を乗せてフィールドに行き来するだけで馬を10頭以上買う事が出来る金を手にする事が出来る。使い潰し前提でも十二分な収入だ。
だからこそ、始めに彼の送迎をした御者はその事を隠そうとしたが、馬の酷く疲弊した状態を別の御者に指摘され現在に至るのだった。
始めは、火竜アルマロスの討伐には通常2から3日掛かるので、現地に着き次第クエストリタイアと言う形で帰っているのかと思っていた。違約金は発生するがギルドポイントはクエストを受注した時点でも微量ながら発生する。貴族が箔付けの為に良く行われる方法で、大金を払ってギルドランクを上げる手法だが、討伐する事でしか剥ぎ取れない素材を持ってきている事から事情が一変した。
火竜アルマロス。
空の王者との異名を持つモンスターは現在になっても騎士団や狩猟団と言った『人間の軍隊』が命を賭けて討伐するモンスターで、先日のパーティー単位での討伐は狩人ギルドの歴史始まって以来の公式記録になる。
伝説の狩人として、ギルベルトがパーティーでの討伐を成し得ているが、当時の人間は未開域の開拓を主として行っていて、文化の発展に力を注ぐことが出来なかったと言う理由から紙や石板等の媒体を使った記録が無い。
昔の村の人間達や吟遊詩人が歌っていたりはするが、面白おかしく脚色される口伝を公式記録と言い張るのは難しく、それ故に伝説という側面もあるのだ。
では、その伝説を成し得たパーティーと同等の戦力を持つ個人が居たら・・・。
溜息と共に恐怖が湧き出る。
騎士団・狩猟団より戦闘力があり、伝説として語られるギルベルトのパーティーを越える個人を狩人ギルドがどう扱えば良いのだろうか。
国が始まって以来の公式な火竜の討伐に国王がドラゴンスレイヤーの称号を直々に与えると言ったにも関わらず、ギルドカードに記載される称号の際の授与式に彼らのパーティーは来なかった。名誉は要らないと言う事だろう。
故に制御できない。
国の授与式には国に敵対しないと言う事を内外に知らしめる効果がある。
火竜1匹で町が燃え上がるのだ。それを討伐できる人間が敵対した時の被害は計り知れず、だからこそ授与式は極めて重要な非敵対の為の宣伝だ。
それに出ないと言う事は・・・。
「ギルマス。やせ細ってましたね。」
隣にいる3つ年下。かわいい後輩受付嬢のソフィアが心配そうな声で話しかけてきた。
狩人ギルドは国に属さない。国が所持しているのは騎士団であり彼らは貴族の為に剣を振るうが、狩人ギルドの創設理念は『困っている人をその身分に関わり無くモンスターから助ける』事である。子供から老人まで、奴隷から貴族まで。報酬さえ払う事が出来るのであれば関係ない。
しかし、ソメリア国内に抱えられている以上は協力関係に有る。
クエストは報酬を先払いする形で誰にでも発注する事が出来る。
ギルドはその報酬から手数料を引き、狩人のクエストボードに乗せるという形を取っており、狩人が討伐したモンスターの素材は狩人からギルドを通して国や商人が買い取る。
モンスターの素材は人類の支配域を広げる為に生態調査や騎士団の防具にされて国民を豊かにすると言った道順が既に出来上がっており、国王は巨大な客先の1つであった。
授与式は国王の提案だが、ギルドはその提案を無下にしている状態である。
「そりゃあ、大きな客先のトップが気分良くして直接褒めるって言ってるのに、それを断ったらねぇ。」
ギルマスが彼と、そのパーティーに授与式の事を伝えたが、彼は「やだ、面倒」の一言で話を終わらせた。パーティーは「プロハンさんが居なければ討伐出来なかった」と欠席の意を示した。狩人に授与式に出る義務は無いが、ギルマスはその事を国王に直接報告しないといけない訳で。
「イヴちゃんがギルマスに十円禿げが出来てたって言ってた。王様からの圧力が凄いらしいよ。」
国としても騎士団よりも強い存在を野放しに出来る訳も無く、せめて授与式で縁を繋がなければ貴族から「モンスターへ向けていた剣先が我々に向いたらどうするのか」と反発が起こる。
狩人ギルドとしても授与式に出席しないのは異例であり、断られることを想定していなかったが為の不幸であった。
「プロハンさん?おもちさんだっけ?に断られた瞬間にコレじゃあねぇ。」
火竜アルマロスの討伐クエストを全裸で76回。ギルド内には「まぐれか極めて弱い個体に当たったラッキーおじさん」と言う狩人が大勢いたが、3桁に届きそうな程の連続狩猟を1か月。休み無く完遂している以上、その言い分は通らない。
おっさんが火竜の狩猟から帰る度に国王からの催促は増して行くのであった。
「あっ帰ってきましたよ。」
噂をすればなんとやら。
狩人ギルドの伝説にして問題児。おっさんが帰って来た。
私は暇潰しをしているお姉さんの顔を辞めて、中級受付嬢にふさわしい顔に戻して一礼する。
「お疲れ様です。モンスター討伐証明素材の提出をお願いします。」
「はい、この中ね。」
袋から火竜アルマロスの素材を確認した後に報酬の入った袋を手渡してクエストの紙に受領完了の判を押す。
装備なしのおっさんは其の侭、鍛冶屋に向かって行った。
「おもちさんっ!あぁ、一歩遅かった様ですね」
突然ギルマスが慌てた様子で裏方から出てきた。
「ギルマス?どうしたんですか?」
彼の焦燥ぶりは初めてで、他のギルド職員たちも驚いて此方を見ている。
「いえ、彼に伝えなければならない事があったのですが・・・。」
「また授与式の出席の催促ですか?」
1カ月前から度々声を掛けているが相手にもされていなかったでしょうに・・・。
「いいえ、国王が出向くそうで・・・。」
「・・・。その日はお休み頂きます。」
私は逃げる事を心に誓った。
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