第16話 プロハン入門
グロッグ君の訓練は翌日の早朝まで続いた。
溜めの練習は、始めは調子が良かったものの時間が経つにつれて疲労と共に成功率は下がり、最後には息も絶え絶えでグフモスの討伐を完了したのであった。
「「・・・・・・・」」
馬車の中では、疲労からかグロッグ君もイリヤ君も下を向いて話そうとしない。
グロッグ君はグフモスの突進攻撃とイリヤ君の弾の誤射で7割の回復薬を、イリヤ君は、吹っ飛んできたグロッグ君にぶつかり、スリップ。その後のグフモスの突進攻撃に巻き込まれて3割の回復薬を使用した。
調合分の回復薬も無くなり、カライドリンクの効力もゲームと同じで10分しか効力を発揮しなかった。
途中、雪山の凍えるような寒さがパーティー全員の気力ゲージを減らし続け、気力ゲージ最大値を回復させる支給用固形食糧で場を繋いでいた。
ゲームではダッシュが出来ない状態で、狩中にこの様な状態になるのは珍しい。
「そこそこ、上手に出来たね!後は練習あるのみさ!」
初心者ハンターからプロハンになる為には、基本になるプレイヤースキルが多い。
ゲームではこの程度であれば、20分程度練習すれば十分取得できる程度の簡単な物であったが、そもそも溜め自体を知らなかったらしいので、言うのは酷だろう。
昼前にはギルドに到着し雪山組と別れると、次はランス使いのトッド君と片手剣使いのセレナ君だ。
「おーい、トッド君。セレナ君。遅れて申し訳ないね!」
「プロハンさん。仲間がお世話になりました!」
「時間を決めるの忘れていましたので、大丈夫ですよ」
トッド君とセレナ君は十分な気力で迎えてくれた。
「じゃあ、早速だけど行こうか」
私は鍛冶屋で売っている最弱のランスを装備する。片手剣は馬車に積み込んだ。
調合分も含めた回復薬を全員分買って、下級クエストの受付嬢に下級上位のクエストを受注する。
次の討伐は怪鳥クルックー。
森丘フィールドに生息する中型モンスターだ。
私は森丘フィールドに向かう馬車の中で2人に練習の内容を説明する。
「ランスと片手剣に必要なのはフレーム回避さ。ランスは大型武器の関係上、武器を構えている間は移動が遅くなるけど、ガードばかりして居るとモンスターが彼方此方に移動して暴れ回るんだ。フレーム回避を覚えればモンスターをなるべく動かさない様に討伐できるから無駄に走る必要が無くなる!」
ランスは基本的にパーティーの盾役になる。
盾役はモンスターのヘイトを集め、他のパーティーが攻撃しやすい環境を作るのが仕事だ。しかし、モンスターの攻撃をガードするとヘイト値が下がる。
盾役はパーティーの中で最もヘイト値が高くなければならないので、ヘイト値を下げない回避行動の練習は必須であった。
「セレナ君が使う片手剣の盾はガード性能が低いから強い攻撃には弾かれてしまう。片手剣の小盾で防ぐのは咆哮か風圧、緊急時の保険だから本来、小盾を使う機会は少ないんだ。」
プロハンと呼ばれる狩人達は基本的に片手剣を使わない。手数が多いのが利点で属性攻撃や状態異常攻撃、使いやすさから初心者には愛される武器なのだが、モンスターの弱点である尻尾や羽根に攻撃が届かない場合が多く、上位ではモンスターの攻撃後の隙を狙って1撃を入れる事が基本になってくるので、自然と使う機会が少なくなってくる。
折角隙を見せたモンスターに与える攻撃が片手剣では、余りにも決定打に欠けるのであった。
「片手剣の役割は足への切り付けか頭への小盾攻撃でのスタンをする事だね。足を斬っていれば敵は転ぶ。転んでいる間は敵は攻撃してこないから思う存分、大技をぶち込める!君達のパーティーだとグロッグ君の溜め攻撃だよ。スタンはハンマーの役目でもあるんだけど、君たちのパーティーには居ないからセレナ君がやらないといけないね。」
場合によっては状態異常攻撃を与えるのも仕事になるが、斬ってれば勝手に状態異常になっている場合が多いので気負わせない様に黙っていた。
「小盾攻撃でのスタン?」
セレナ君が聴いてきたので答える。
「盾でモンスターの頭を殴るのさ!ハンマーよりもスタンさせ難いけど、覚えておくと攻撃チャンスが増えるよ!」
グロッグ君達のパーティーは初心者に有りがちな安定型で、高攻撃力を持っているのがグロッグ君しか居ない。
プロハンは攻撃を受けない事が基本になるので高攻撃力は正義だった。
「なるほど!流石はプロハンさんですね!」
なんか、目がグルグルしてるけど気にしない。
さて、片道6時間掛けての森丘フィールド。
緑色が目に優しく、環境依存の状態異常も無く、広くて戦い易い番地がとても多いのでゲームでも人気のフィールドだ。
「じゃあ、支給品を分け合って進もうか。」
怪鳥クルックーが初めに来るのは4番地。円状のフィールドで目障りなオブジェクトも無く、大変戦い易い。
私の片手剣はセレナ君に装備して貰った。
ゲームでは出来ない事だが、軽い片手剣は腰に装備するので、セレナ君の片手剣は構えて貰い、私の片手剣は納刀状態にする事で持ち運んで貰っている。
「先ずは私がランスのフレーム回避をやるから、それを見ながらトッド君はセレナ君を守っていて欲しい。」
「解りました!よろしくお願いします!」
「・・・トッド。性格変わってない?」
4番地で少し待っていると怪鳥クルックーが空から飛んでくる。
エリマキトカゲの様な大きな耳に顔の半分以上を占めるアメフトボールの様な黄色く大きな嘴。体はトカゲの様な緑色の鱗と背中を甲殻で覆い、青い翼膜は降りる際の減速の為、風を弾いている。尻尾はトカゲの其れだが、先には針の様な骨が付いていた。
「じゃあ、攻撃しないで見ててね!」
私はランスを構えてクルックーの着地地点に陣取る。
ランスや大剣、ヘビィボウガン等の武器を構えている間、自身の移動速度が遅くなる武器は、中型以下の大きさのモンスターが出す風圧を受け付けない。
中型の怪鳥クルックーの風圧は無効化されるのだった。
戦闘開始だ。クルックーが着地した瞬間に上段突き。
クルックーが戦闘状態に入ったのを確認してから中段突きを繰り出し攻撃をストップ。
私がクルックーの近くにいる為、クルックーのモンスターAIが近接攻撃の尻尾攻撃を選択した。
尻尾攻撃はその場で勢い良く半回転し、尻尾を振り回す攻撃でクルックーは右回りで1回転すると攻撃を停止し次の攻撃に移る。
私は尻尾攻撃が来る右半身側に背を向けて、迫り来る尻尾を背で受ける様に後ろに回避した。ランスの回避は他の武器種と違い、前後左右にステップを踏むようにして行うのだが、武器種の特性でランスでの回避は飛距離が余り無い代わりに無敵時間が長い。
「これはっ!」
トッド君が驚いている。
誰の眼にも背中で尻尾攻撃を受ける様に見えるのだが、無敵時間があるので、背中から腹にかけて尻尾攻撃が体をすり抜けるのだった。
「トッド君、見たかい?此れがランスでのフレーム回避さ!攻撃が来る方向に背中を向けて、タイミング良く後ろに回避をすれば出来るよ!・・・さあ、交代しようか!私はセレナ君と2分だけ別番地に向かうよ!始めは簡単な尻尾攻撃を意識してやって見よう!それ以外はガードで対応してね!」
「解りました!」
もう一回やって見せてトッド君と役割を交代する。
私はモンスターに発覚されているので、発覚状態をリセットする必要があった。
モンスターに発覚されるとヘイト値の高低によって攻撃対象になるのだが、発覚されていなければ攻撃対象にならない。
先程は、私と2人の位置が離れていた事もあって2人は発覚されていなかったのだった。
セレナ君については発覚・未発覚の区別が出来ていないので、発覚状態になってしまった場合、ヘイトの少ないセレナ君に突進攻撃が来る可能性があるので移動して貰ったのだ。
隣の番地に着くと、セレナ君に声を掛けられた。
「プロハンさん。片手剣でもフレーム回避の練習をするんですよね?」
「フレーム回避はプロハンの嗜みだからね!慣れれば簡単なんだけど慣れるまでは長いと思うよ。片手剣の回避は転がるような回避だから、トッド君の回避とタイミングも違うから注意だよ。パーティーを組んでいると他人の回避行動に釣られて回避してしまう事が多いからね」
「クルックーの攻撃は、全部フレーム回避できるのですか?」
「突進以外はね。突進攻撃は全モンスターでフレーム回避が出来ないよ。まともに受けるなら範囲外から逃げるか、ガードになるね。前回の火竜アルマロスの討伐はトッド君にイリヤ君を守って貰ってただろ?それが理由なんだ。」
「成程、モンスターの攻撃によっても違うのですね。」
「その通り。この辺りは経験か・・・。モンスター生態報告書を読み解くかしかないね。邪竜とか始祖竜とかはフィールド全体が攻撃範囲だし。」
「えっ?何ですか、それ?」
邪竜と始祖竜の事だろうか?
イベント的に考えるなら今は登場していないのだろう。
「竜種のご先祖様の事さ!コイツ等から作れる弓が強くてね。防具は産廃だけど」
「えぇ・・・。」
◇
怪鳥クルックー
下級上位の中型モンスター。
鳥の様な見た目だが、その体を覆う鱗と甲殻はトカゲの其れであり、間抜けた見た目に反して基本的な竜種が行う攻撃を網羅している。草食でキノコを好む傾向にある事から、毒キノコや眠りキノコ、麻痺キノコをフィールド上に設置する事で、体力低下時にそれらを食べ、状態異常を引き起こすギミックがある。
今まで、武器と防具の性能を頼りに蛮族スタイルで殴り掛かる初心者たちが初めに躓くモンスターの代表格。
相手の攻撃を誘い、攻撃をした後の隙を狙うと言う基本的な事を教えてくれる。
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