第58話 復讐者

 馬に乗り王城から駆け下りてきたのは、深紅の礼服に身を包む少年。

 眉毛は太く、髪は刈り上げ、水色の瞳は強く前を見つめている。


「誰だお前」


 リリィを後ろに下がらせて、少年を睨む。


「僕の名はクリス。訳あって帝国に身を寄せている王国人……貴女がエルマだね?」

「あぁ」


 クリスは、ふぅ、と息を整えて馬から降りた。


「仇を討ちたいなら自分でやれ……この言葉、覚えあるかい?」

「覚えてねぇよ、なんだっての」

「デブリの名は?」


 名前を聞いた途端、リリィは一瞬で脳に刻まれた出来事を思い出す。

 自身の体を抱きしめて震えている。

 傾きかけたところをエルマに支えられた。


「あのデブ野郎の家族ってわけか」

「まぁそんなところ。デブリは叔父にあたる人でね、叔父が亡くなったことでたくさんの人が幸せになっただろう……けど僕の母や兄弟は悲しみに打ちひしがれて、今も泣いている」


 反射して煌めく両刃の剣を抜き、エルマに剣先を向ける。


「叔父に特別感情はないけど、僕の大切な家族を深く悲しませた。エルマ、貴女に一騎打ちで挑む」


 水色の瞳が強くエルマを捉えた。


「復讐、だな」

「貴女にも痛いくらい分かるだろう?」

「あぁ。メイ、リリィを頼む」

「あいあい、リリィこちらへ」


 リリィはエルマからそっと離れ、不安そうに眉を下げて振り返る。

 

「エルマさん……」

「心配すんなリリィ、さっさと済ませて親父達の故郷に行くからな」


 心配を飛ばす勢いの笑みを浮かべた。

 リリィはそっと頷き、メイと共に下がる。


 両者、間合いを取る。

 エルマは刀を抜き、クリスはロングソードを抜く。

 刀身を水平より上に構えた。

 ブーツの先が砂をジリジリと抉る。

 砂が舞う、微かな風にさらわれていく。

 金属の跳ねる音が響いた。

 交差する刃越し、冷静に睨み合う。

 押し払うのはエルマ。

 短い火花が散る。

 呼吸さえ忘れてしまうほどの一閃が続く。

 受け止めいなすのはクリス。

 斬撃を躱し、僅かな隙を突こうと繰り出す。

 エルマはブーツの裏でいとも簡単にロングソードの柄を受け止めた。

 反撃と薙ぐ刀身は、後ろに反って躱される。

 ブーツを押しのけられ、エルマは数歩下がる。

 静止した切っ先で睨み合った。

 次には砂が激しく舞う。

 微風程度ではさらわれない重さ。

 エルマは上から斬り下す。

 クリスは斜め下から斬り上げた。



 皮膚が、空気と共に裂ける。

 砂を赤く濡らす……――。

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