第54話 最期の歌
血がぽたぽたと地面に垂れる。
一滴、一滴、大きい雫。
矢が肩に突き刺さり膝をついたソフィア。
突然の出来事にリリィは口に手を当て、言葉が出せないでいる。
そして、リリィを囲むように帝国兵士が集まる。
「随分な、ご挨拶ですね」
ソフィアは震えながら矢を射るよう指示したミイルズを睨む。
くたびれた帽子を摘まんで直し、ミイルズは静かに笑う。
「せっかく和平協定を結んでやったのに、先に破ったのは王族だろうよ。ハリー男爵があの世で寂しがってる、会いに行ってやれい」
「……なんですって?」
「王国の領地で水死体となって発見された、と」
「そんなこと知らないわ、王国と無関係よ」
「王国の礼服を着た兵が手をかけた、と目撃者もいるんでな」
「バカげてるわ」
立ち上がりサーベルを抜く。
「おぉ、決闘かい? 武力で勝る帝国に挑むなんて大した度胸でございますなぁ。新入りの相手にちょうどいい。こっちにおいで、クリス」
鉄の馬車から静かに降りる人物。
深紅の礼服に身を包む少年。
眉毛は太く刈り上げた短髪で、水色の瞳は強く前を見つめている。
「クリス、復讐の前に肩慣らしだ」
「…………はい」
息を大きく吐き出したような返事。
双方が剣を構えた。
リリィは兵士の間から首を振って声を出す。
「怪我をしているのに決闘なんて、そんなの」
「黙りなさいリリィ!」
『剣士にしか分からない気持ち、ね。リリィ』
頭に過るメイの言葉と遮られたソフィアの怒声に俯いてしまう。
開始の合図もなく、剣が動く。
冷静なクリスの腕は容赦なくソフィアを追い込む。
斬撃を受け止める度に肩から血が滲み出る。
押し返し、クリスの頬に切っ先が掠れた。
新緑の瞳孔が大きく開く。
冷静な水色の瞳は縮瞳。
胸元から深く斜めに沈み込んでいった。
ソフィアの両足がピタリと止まる。
ロングソードの柄をしっかり握り締めて、素早く引き抜かれる。
吹き出した血と共に、ソフィアは両膝をついて、ゆっくりと地面に顔を落とす。
ポケットから布を取り出し、ロングソードの刃を拭う。
鞘に収め、クリスは静かに歌い出す。
大陸中に知られている「愛の詩」を。
囲んでいた帝国兵士も歌い出す。
ミイルズは頷き、リリィに顔を向ける。
「リリィお嬢さん、勝者と敗者に歌ってくれい、ソフィア様は華々しく決闘で散った。最期の歌を聴かせるんだ」
喉を震わせてそれどころではないリリィ。
「う、た、なんて……」
「お前さんの歌は相手を癒す不思議な力がある。死者の魂も天へ導かれる、それができるのはお前さんだけだ。ソフィア様に歌ってやれい」
「……で、できません、うた、えなぃ」
喉を押さえてしゃがみ込んでしまう。
「ミイルズ様」
クリスは静かに拒否を示すように首を振った。
「ふーむ、仕方ない。急いてもいかんな……さぁ平和ボケした国王様に謁見しようじゃないか」
ミイルズは帝国兵を動かし、王都の奥にいる王城へ進ませた。
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