第53話 分断
鉄の馬車、血染めように赤い旗に刺繍されている翼を広げた猛禽類、鋭い趾は斧と剣を掴んでいる。
真っ赤が列をなして王都へ。
王都の高台から、
「まるで血の川ね」
銀髪に伸びた後ろ髪を編み込んで垂らすソフィアは深緑の瞳に映る帝国軍について呟いた。
真っ赤な礼服を着ているローグは、鼻背の横にできた一本傷を指先でなぞる。
「長き戦争で流れた血と、我らの結束を表した帝国軍の象徴だ」
「そんなことは訊いていません。こんなにも軍を率いてどういうつもりです?」
「おそらく、ミイルズ隊長が絡んでいるだろうな」
「ミイルズ?」
ローグは小さく唸る。
帝国軍の列、先頭を睨む。
「俺を帝国に誘った、アルフレッド陛下直属の親衛隊隊長。陛下の護衛をサボって一体何をしているんだか」
呆れたローグのことなど知らず、先頭で鼻歌が奏でられている。
大陸で暮らす者なら大半は知っている愛の詩。
くたびれた茶色い帽子とくすんだローブを身に着けた伸び放題の髭老人。
「さぁー王都に到着だ。どうせローグが僅かな王国軍を削ってるさ、たくさん兵をクビにしちまうからこうなるんだよ。さぁ、王城へ突き進め」
ミイルズは一部の分隊を進軍させた。
門番もいない王都へ真っ赤な列が押し寄せていく。
「残りは復讐劇の見物と行こうか、特等席は貰うぞ」
ミイルズは渇いた笑いを浮かべ、王都の闘技場へ残りの軍と馬車を進ませた。
真四角の闘技場。
丸太の柵で囲んだ砂地の試合場が四つ、設置されている。
馬車を寄せ、帝国兵はメイに降りるよう指示する。
「うむうむ、エルマ、リリィ、闘技場着いたね」
荷台にいる二人に、不慣れな大陸の言語で呼びかける。
「うっし、行くか」
「はい」
気合の入った赤髪のエルマと、静かに小さく頷いた金髪碧眼のリリィ。
エルマが先に降りて、それからリリィが差し伸べられた手を掴んで降りる。
試合場の砂地で仁王立ちして腕を組むローグが待ち構えていた。
胸の防具を身に着けたソフィアは刀を持つ。
「いつから帝国軍になったんだ?」
「うっせローグ、死んでも帝国軍になんかならねぇ」
ローグは肩をすくめた。
「相変わらずだな。ミイルズ親衛隊隊長、これはどういう事態ですか?」
ミイルズは渇いた笑いを響かせる。
「なにって決闘の場を設けにきたのと、総督の救出さ。あと、魔法鉱石の回収に」
エルマとリリィは同時に目を丸くさせて、先頭で馬に跨っているミイルズを見た。
「あ、あぁあああああ! ジジイ!!」
叫んだエルマに軽く肩を震わせたリリィは、口元に手を当て小さく何度か頷く。
「よぉお嬢さんたち、久しぶりだな。元気そうでなにより」
くたびれた帽子を指先で調整しながらニコニコと言う。
「お前帝国軍だったのかよ!!」
「そうとも、アルフレッド陛下の傍で護衛をしている親衛隊の隊長。訳あって辺鄙な土地に来た。リリィ・シグナル」
「は、はい?」
「お前さんの歌声、じっくり聴かせてもらうぞ」
ミイルズは指を鳴らした。
数秒後、轟音が闘技場に響き渡る。
地震とよく似た揺れが襲いかかり、全員が身構えた。
観客席に亀裂が入り、ボロボロと崩れていく。
「ローグ騎士団長、決闘を済ましたら合流だぞ」
「……分かりました。エルマ!」
ソフィアから刀を受け取り、エルマに放り投げる。
「おいっ! 乱暴に投げんな!!」
丸太の柵を飛び越えて掴みにいく。
両手でキャッチした瞬間、地面から突き出た巨大な岩が闘技場を分断させた。
前に転がり受け身を取って立ち上がったエルマは、目の前の岩に険しい表情を浮かべる。
「な、なんだよこれ……魔法? リリィ!!」
岩の向こうにいるはずのリリィに呼びかけるが返事はない。
「よそ見していいのか?」
「は? って、うぉあお⁉」
バスタードソードの切っ先が鼻すれすれを通り、咄嗟に後ろへ下がった。
鞘から銀色に輝く汚れのない刀身を抜いて構える。
既に武器を構えて戦闘態勢のローグ。
「今決闘してる場合じゃねぇだろ! なんだよこれ!!」
「さぁな、俺もさっぱりだ。決闘しろと命令なら、するまでだ」
「このクソ野郎!!」
「好きに呼べ」
振り下ろされたバスタードソード、薙ぐように振り上げた刀。
お互いの刃先が重厚な金属音を響かせた……――。
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