第50話 自慢の娘

 へし折れた木刀が何本も転がっている。

 正方形に囲んだ柵の外側でエルマとカロルの稽古を、今や十人もの元兵士が見守るようになった。

 日が暮れ始めた時刻になっても、エルマは一歩も引かない。

 息を切らし、手も痺れているが木刀の柄を離すまいと握る。


「エルマ、次で終わりだよ。これ以上は危険だからね、いいかい?」

「あぁ、ぜってぇ決めてやる!」


 顔中が土埃で汚れ、赤髪はボサボサ、エルマは顎に垂れ落ちる汗を腕で拭い、ほんのり皮膚に滲む程度の汗を掻いている程度のカロルに飛びかかった。

 木刀は乾いた音を鳴らし、カロルは表情を変えずにエルマを横へいなす。


「っ! く、そがぁ!!」


 痺れる指先が一瞬木刀を浮かせてしまうが、エルマは歯を食いしばって木刀を握り直し、脇腹を狙い振るう。

 カロルは木刀を握る手を捻り、逆さまに向けて脇腹を防いだ。

 木片が飛び、エルマの頬を掠める。


「感情のままに振るうのは威勢があって良い、けど、それは決闘じゃ無意味って言ったろ」


 カロルの大きな手がエルマの顔面を覆い、地べたに押し倒す。

 背中から倒されたエルマは呻く。


「エルマ、もう終わりだよ」


 カロルは突く構えで、倒れたエルマに襲い掛かった。

 真っ直ぐに下ろされた木刀の先。

 見守っていた元兵士達はダラダラと立ち上がる。

 金髪碧眼のリリィは、思わず目を伏せてしまう。

 その隣で座っているメイは腕を組み、ジッと最後まで見続ける。

 エルマは目を大きくさせて、重なる残像に、


『終わりだ、エルマ』


 木刀を握る手が緩んでしまう。


『こんな呆気ない終わり方で、いいのか? エルマ』


 別の声が届く。


『お前の復讐はそんな程度なのか?』


 手の末端まで力を入れ、木刀に食らいつくように握りしめたエルマは、刹那的な速さで上体を起こす。

 甲高い音が大きく響き渡った。

 元兵士達は足を止め、振り返る。


「終わりじゃねぇ」


 カロルの手は空を掴んでいるだけ。

 離れた場所に乾いた音が鳴る。

 顔を上げたリリィと、微笑むメイ。

 へし折れたカロルの木刀が何度か地面を跳ねて、転がっていく。

 エルマは切っ先を、カロルの心臓に添えた。


「オレの勝ちだ……カロル」


 息を切らしながらエルマは得意気に言う。

 カロルは驚いたまま、口を半開きにエルマを見下ろす。


「んだよ? なんか言えよ」


 訝し気に睨んだエルマに、カロルは言葉を躓かせながら、


「デヴィン隊長が、いた」


 あり得ないことを呟く。


「はぁ? 親父?」

「いたんだよ! アンタの後ろに! 今、一瞬!」


 嬉しそうに明るい表情でエルマを抱き上げたカロル。


「いでででで! やめろって!!」


 簡単に持ち上げられたエルマの両足はジタバタと空を蹴る。


「やっぱりアンタはデヴィン隊長の娘さ! 隊長自慢の娘だよ!」


 カロルは空に向けるように逞しい両腕を伸ばす。

 元兵士達は正方形に囲んだ柵を越えて、カロルの周りに集まり出した。


「ローグなんか目じゃない! 絶対勝つんだよ!!」

「おぉ! 死ぬなよ!」

「討ち取ってやれ!」

「うるっせ! 当たり前だっての!!」


 夜だというのに騒がしく、リリィとメイはお互いを見て、可笑しそうに小さく笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る