第49話 剣士
「くっそぉー」
赤髪のセミロングが土や埃で汚れ、地面に背中をつけるエルマは、悔しさを声に出す。
カラン、と乾いた音が復興中の町に響く。
繊維が剥き出しになるほど削れた木刀。
「あともうちょっとだったね。剣士としての腕は一流さ、あとは剣士としての心構えさえあれば完璧だね」
筋肉質で背丈のある女性、カロルは嬉しそうに笑う。
「心構えぇ?」
「あぁ、感情で剣を振るなってことさ」
「……遠回しに復讐すんなって言ってるもんじゃねぇか」
「そういうわけじゃないさ、けど、ローグとやり合うなら感情を捨てて、冷酷にならなきゃいけない」
「冷酷に、ねぇ。その割にローグの奴、オレを気絶させやがったくせに」
カロルは腰に手を当て、首を傾げる。
「なんだい、それ」
「やっとローグの場所を突き止めて国境沿いで決闘を申し込んだ。そしたら、アイツ剣を使わずにオレの首を軽く締めて気絶だけさせて放りやがった!」
上体を起こし、腕を組んだエルマは不機嫌な表情を浮かべた。
それを聞いたカロルは目を細めて、
「決闘とはいえ親友を殺し、今度は親友の子を、なんてローグにとってはかなり辛い苦行のようなもんさ、エルマ、決闘じゃなくてもっと他の方法で」
提案をするがエルマは耳を貸さない。
立ち上がったエルマは木刀を握り、カロルに切っ先を向けた。
やれやれ、と呆れるカロルも木刀を構え、稽古を再開する。
木刀同士の削れる音、弾ける乾いた音が響く様子を見守るのは、正方形の柵の外側にいる、金髪碧眼の少女リリィ・シグナルと、異国からやってきた長く伸ばした黒髪のメイ。
「どうなるんでしょうか……今のところ王都から追手はありませんし、帝国の動きも静か、ですね」
リリィは繊細で透明な声をメイにかけた。
「うむうむ、変わらず帝国軍は国境沿いにいるね、偵察が言ってたね。王都の方が静かみたいよ」
「ソフィア様かローグさんが、何かしているとか」
メイは余裕を表情に浮かべ、口角を上げる。
「ローグがきっと無双してるね」
「無双、ですか?」
「ローグ最強よ、超最強」
「……エルマさんは決闘されるんですよね、超最強のローグさんと」
不安げに俯いたリリィは胸元で祈るように両手を寄せた。
「見守るしかない、決闘はあれね、白狼ノ国で言う一騎打ち、二人のうち一人しか生きられない、血の話」
メイの説明にリリィはさらに不安を募らせ、稽古中のエルマを碧眼に映す。
そして、大陸では使われていない言語で、メイは呟いた。
「えと、メイさん?」
「説明しにくいね、剣を持つ者の誇り、か? 剣士にしか分からない気持ち、ね。リリィ、歌はとてもいいが決闘する剣士にとっては余計、ということな」
「はい…………はい」
か細い返事をしたリリィは、小さく頷いた。
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