第45話 不思議な石

「そいういやさ、自警団のやつら減った? 前は討伐隊組めるぐらいはいたよな」

 赤髪のエルマは無人に近いホールを見回した。カロルに貰ったホットスープを啜りつつ、疑問を口に出す。

 カロルは眉を下げて控えめに笑う。

「野盗討伐の件で揉めてね、半分以上が出ていったのさ……」

「あぁ、なんかボブスのことで言い争いになってたな」

 俯いたカロルは、情けない、と零す。

「……団長の私が不甲斐ないばかりにね。一旦自警団を解散させて、希望者のみで町の建て直し中。エルマとリリィも行く宛がないなら」

「いい。オレは王都に実家がある、リリィならアリかもしんねぇけど」

 すぐに断り、エルマはスープを飲み干した。

 黙々とスープを飲む、黒い長髪のメイは、ふぅ、と息を吐く。

「ところで、エルマ、魔法鉱石知ってるか?」

 突然の質問に、エルマは怪訝な表情を浮かべる。

「なんだそれ」

「ありゃ、知らない?」

「重要な案件だからね、王族だろうがその関係者だろうが、内密だったそう。私はアイリーンに教えてもらったんだ」

「ふむ、そか、王都いつ行くね?」

 エルマは腕を組み、低く唸りながら前方を睨む。

「本当は今すぐにでも行きてぇよ。けど、リリィはあんな調子だし、置いて行けねぇ」

「私も賛成さ。まずは気持ちの整理が大優先、そうじゃないとローグに負けるよ。アンタの腕が良くとも、ローグの腕は帝国一、いやアイリーン亡き今、大陸一だろうね」

「……けっ」

 面白くない、とそっぽを向くエルマに、カロルは肩をすくめる。

「私でいいなら訓練に付き合うよ。これでもデヴィン隊長と手合わせは吐くほどしたからね。メイも、それでいいか、い?」

 カロルは目が点になる。先ほどまで呑気にホットスープを飲んでいたはずのメイの姿が消えていた。





「不思議な……石?」

 分厚い本のページを捲り、文字を追う金髪碧眼のリリィ・シグナルは、ベッドに腰掛け、途中に出てきた単語を声に出す。

「それは、多分、魔法鉱石ね」

「まほ……え、きゃぁ⁉」

 甲高い悲鳴を上げたリリィはいつの間にか隣に座っているメイに驚き、思わず本を真上に投げてしまう。

 メイはニコニコと重力で落下した本を受け取り、リリィが読んでいたページを覗く。

「ほう、読めないね。リリィ、すまん、読んで」

「は、はい」

 分厚い本を返され、リリィは先ほどまで読んでいた文章を指先でなぞり、メイに見えるよう向かい合う。

「帝国の領土だった南方を占領した第二王子は、鉱山を発見。そこで七色に光る不思議な石を見つけた。不思議な石を持ち帰り、農具などの資材として用いたところ、鋏にすれば刃こぼれせず、如雨露にすればいつでも水が清潔に、鶴嘴にすれば折れず、上等な鉱石が採れる。その石で、第二王子と友好関係だった白狼ノ国より伝わる白狼刀はくろうがたなを作り、以降王族の伝統行事では白狼刀が登場する……です」

「ほぉー白狼刀!」

 メイは突然目をキラキラと光らせて、大陸では使われていない言語で喋り出す。丁寧に白狼刀について説明している様子。

「え、あ、あの、メイさん、私、白狼ノ国の言葉なんて全く分からないです」

「おっと、すまんね、白狼刀、我が国の自慢ね。ここの言葉じゃ説明足りない。だが、そうか、なるほど……」

 頷きながら一人で納得するメイ。

 リリィは首を傾げてしまう。

「なんでもないね。それよりもリリィ、せっかくだ、愛の詩を歌うよ」

「え、そ、そんないきなり……それに、今は」

「うむうむ、辛い時こそ歌うね。歌えば気分も晴れる、いつだって愛の詩は素晴らしいよ。リリィの歌声は特別ね」

「……特別って、争いを生み出すとか、でしょうか。この吟遊詩人のように、仲が良かった人達を引き裂くほどの力があるとしたら、私は一体」

 分厚い本を指の腹で撫でて、俯くリリィ。

「今ここにそんな人間はいないね。私はリリィの歌声がとても好き。一緒に歌いたいね」

 メイは優しくリリィに声をかけ、少し慣れてきた様子で『愛の詩』を口ずさむ。

 バラード調のゆったりとした歌に、リリィは戸惑いながらも、途中で合流して透明な歌声を披露する。

 リリィが口ずさめば、体の輪郭を纏う柔らかい白い光が浮かび上がった。

 温かくなるような、心臓を震わすほどの歌声と歌詞に、歌っているリリィの涙袋から滲み出す雫。

 メイは微笑み、リリィの歌声にこっそり頷く……――。

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