第44話 ひとつの国

 金髪碧眼の少女、リリィ・シグナルは寝室の棚に置かれた一冊の本を手に取る。

 くすんだ赤い表紙は少し硬めで冊子は厚みがあり、落ちないように背表紙を両手で支えた。

 ベッドに腰掛けて、リリィはページをめくる。

「なーに読んでんだ……っ」

 赤毛にセミロングの少女、エルマは寝室に入るなり分厚い本の中身を覗き込んだ。すぐに苦い表情へと変わっていく。

「あ、エルマ、さん?」

「……その本」

 赤毛に触れ、くしゃくしゃに掻いたエルマはリリィの手から本を奪う。喉を震わし、吐息が多くなる。

「ちっせぇ時に、オーウェンが、よく、読み聞かせてきたやつ」

 眉を下げたリリィの隣に腰掛け、指先で何百ページもの冊子をパラパラと捲っていく。

「あ、あの、エルマさん」

 どこか居心地が悪く、リリィは次の言葉に迷っている。

 エルマはそんなことなどお構いなく、鼻で笑った。

「むかーしむかし、複数の民族を従えたえらーい帝国に双子の兄弟がいて、仲良く暮らしてた。けど、弟が吟遊詩人の詩の虜になって、仲違い。そんで弟は帝国に反旗を翻し、もともと帝国のもんだった領土を占領して王国をつくった……そんな話」

「本当のお話ですか? それとも、架空とか?」

「そんなの知らねぇ、けど歴史に詳しい学者共が研究して書いたって言ってたし、本当の話なんじゃねぇの。オレ達が暮らしてるここは、元々帝国の領土だったぐらいしか知らねぇ」

 本をベッドに放り捨て、エルマは背中から寝転んだ。

「……たかが呪いの詩ぐらいで、死人出すとか馬鹿みてぇ……ホント王族ってのはクソだな」

 そっと呟いたエルマの言葉に、リリィは俯く。 

「私のせいで、父やオーウェンさんが、兵士のみなさんが」

「うるせぇ」

 エルマはリリィの背中を掌で叩く。

「っ」

 背筋が反るほど伸ばしたリリィは目を丸くさせた。落ち着かせる間もなく、エルマの手に服を引っ張られ、同じように寝転ばせられてしまう。

 横を向けば怒りを含めて睨むエルマの瞳が映り、リリィは言葉を失ってしまう。

「……黙ってろ」

 低めになる声に、リリィは痛みを堪えるようにシーツに顔を埋める。

 唸るエルマは髪を掻きながら起き上がり、寝室から出て行ってしまう。

 一人になったリリィは分厚い本に手を伸ばした……――。





「王国の領土にある鉱山から魔法鉱石ってのが発掘されてね、それもほんの数十年前、今も王国学者が研究している代物で不明なことも多い」

 一階のホールで、ガタイのいい筋肉質の女性、カロルは向かい合って座っている黒髪の異国人、メイに説明をしている最中。

「ふむふむ、それで帝国が攻めてるか」

「うーん、いや、真意は分からない。王国兵に入った時は、帝国が戦争を仕掛けてきたのは領土の奪還だって聞いたよ」

「戦争が始まったのは?」

「まぁ、ほぼ同じ時期だね。おや、エルマ、もう落ち着いたかい?」

 カロルは階段にいるエルマに声をかけた。

「……ちょっとだけな」

「そう、リリィは?」

「腹が立ったから出てきた。ったく、なにが『私のせい』だよ」

 苛立ちが収まらないエルマは腕を組んで、口に出す。

 呆れ微笑むカロルと、目を細めるメイ。

「そうあんまり怒るんじゃないよ、目の前で父親を殺されて、平気なわけがない。アンタだって、そうだろ?」

「……」

 唸るエルマに、カロルは手招く。

 渋々二人の席に近づいて、カロルの隣に腰掛けた。

「ホットスープ、飲むかい?」

「どうも」

「私もおかわりね」

「はいはい」

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