第43話 種火

「白狼ノ国から来たなんだったか、保安なんたらのメイに頼まれてね」

 筋肉質で背の高い女性カロルは手綱を握り、赤い牡馬を操りながら荷台にいるエルマとリリィに話しかけている。

 エルマは腕を組んで口角をこれでもかと下げて、誰を睨むわけでもなく眉間に皺を寄せた。

「保安? あいつ借金取りから逃げてるんじゃなかったのかよ」

「アタシも詳しくは知らないね。それよりも今は帝国の奴らが総督と団長が拘束されたっていう噂を嗅ぎつけて国境沿いまで迫ってる。今は安全な場所で待機した方が」

「そうはいかねぇ! 形見を取り返さねぇと、そんでローグをぶっ倒す!」

「デヴィン隊長の得物はあの団長が守ってくれるさ。逃げやしないよ、アンタが来るのを腕組んで待ってる。けど気持ちを整理しないと、そうじゃなきゃすぐやられる。エルマ、自分でも分かってるだろ?」

「だぁー! くそ……分かったっての」

 赤い髪をくしゃくしゃに手で乱して、表向きの納得をする。

 リリィはワンピースの裾部分を握り締め、俯く。

「それと、リリィ」

「は、はいっ」

 カロルに呼ばれ、慌てて返事をしたリリィは逞しい背中に鼻先を向ける。

「父親には会えたかい?」

「…………はい……」

 喉を震わせて頷いたリリィの反応に、カロルは小さく息を吐いた。

「無理に言わなくていいさ、ゆっくり気持ちを整えな」

 リリィは細く返事をする。

「はい、ありがとうございます」

 腕を組んだまま荷台の木枠に凭れたエルマは、口角を下げてカロルに話しかけた。

「なぁカロル、ボブスだけどよ」

「分かってる…………戦争が終わる少し前、ボブスは念願の帝国騎士団に入れる手前だった。けど仲間に嫉妬されて、覚えのない賄賂の罪を着せられ騎士団入りが取り消し、用意されていたあの漆黒の鎧は……手放したくなくて、ね。アイツらしい最期だよ」

 エルマは重く微かに唸る。

「悪い、アンタ達も辛いのに悲観的になっちまった。急いで町に戻って立て直そう」

 赤い牡馬は飼い主のもとへ、休むことなく真っ直ぐ土を蹴り続けた。

 




 山里の復興途中の町に到着する頃には、空が真っ青に染まり、星々が輝いていた。

「おぉ、愛しのあいぼー」

 長い黒髪のメイは愛おしそうに赤い牡馬の首を撫でる。

 荷台から先に降りたエルマと、手を掴み降りたリリィに、メイは笑顔で出迎える。

「無事で何より。どだよ、ローグは」

「知らねぇ」

「あの、私達王国兵に追われて逃げてきました、だから後のことは分からないんです。でもメイさん達が無事で良かったです」

「そかそか、まぁローグなら平気よ。こっちはちゃんと村人も無事に避難できたぞ」

 大して気にもしていないメイの反応に、エルマは肩をすくめた。

「ったく……」

「とにかく二人共、今は少し休みな。メイ、これからのことで話がある」

 カロルに背中を押されたエルマとリリィは町の建物へ行くよう促される。



 渋々といったエルマと、浮かない面持ちのリリィを見送ったメイは目を細めた。

「カロル、たすかったね。馬車まで取り返してくれるとは、なかなかやるね」

「武器もない村人を連れ歩くアンタには驚いたさ。アンタの相棒は言うことを聞かないから乗り捨てられたんだろうね、王都の外に放置されてたよ」

「うむうむ、さすが相棒。それで、話とはなにね?」

 メイの反応に呆れながらもカロルは、

「アンタの用事は知らないけど、今も戦いたくてウズウズしてる帝国軍と王国の上級王族共、協定を結んで終わったはずなのにまだ燻ってる。一旦国に引き返した方がいいんじゃないかい?」

 心配そうに眉を下げて提案する。

 メイはすぐに否定を込めて首を振り、この大陸では使われていない言語で呟いた。

 カロルは訝しげにメイの言語に耳を集中させるが理解できない。

「なんだって?」

「……国からの命令ね、手ぶらで帰ったら首、なくなるね」

「ずいぶんと物騒な国じゃないか」

「戦争のない幸せな国よ、よそ者も受け入れるいい国。けど、この大陸の方が生きやすいね」

 結局どちらなのか分からない内容に、カロルは首を傾げてしまう。

 微笑むメイは夜空を見上げながら『愛の詩』を慣れない大陸の言語で口ずさむ。

 優しいゆったりとしたバラードのリズムで流れる歌に、カロルは優しく笑う。

「なんだい、知ってるのかい」

「うむ、いい歌ね。最初に覚えたよ」

「じゃあメイ、アンタも立派な大陸の人間だ」

「おぉ」

 感心したように笑うメイだが、すぐに不味そうな顔で口をへの字に曲げた。

「王国だけは勘弁よ」

「馬車の張り紙を見れば分かるさ」

 肩をすくめたカロルに、

「ところで、帝国と王国はどして戦争なんかしたね?」

 素朴な疑問を投げた。

 思わず躓きそうになるカロルは、小さく息を吐き出す。

「アンタ、知らずに来たのかい?」

「うむっ」

 メイは誇らしげに頷いてみせた。

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