第46話 乗り越えるもの
午前中、少し湿りのある空気と気が滅入るような鼠色の空。
叩くような乾いた音が北側の山里に響く。
焼け落ちて崩れた建物を解体する作業音も聴こえてくる。
「赤い髪の子は、デヴィン隊長の娘なんだってな」
木材を削る作業をしながら、元兵士の人達は話をしている。
「朝食作ってくれた美しいお嬢さんは、大英雄アイリーンの娘だそうだ」
「なにっ⁉ アイリーン隊長のお嬢様が? なんと恐れ多いことを、すぐに謝罪しなければ」
「いやいや、もう俺ら兵士じゃないから。ホント、アイリーンとこの奴らは……これだから」
「貴様、アイリーン隊長を愚弄するつもりか?」
「してねぇー」
賑やかな声に、肩をすくめるのは背が高く筋肉逞しい女性カロル。
「アンタ達、口ばかりで手を動かすの、忘れてないかい」
「だっ、か、カロル。おう……悪い悪い」
すぐに作業へ集中し始める。
カロルの後ろには、どこか不機嫌そうな目つきをした赤髪のエルマが木刀を持ち、肩に乗せて立っていた。
「少しばかり、エルマに稽古をつけてくる。それから合流でもいいかい?」
「あぁ」
カロルは軽く手を振り、男達も手を軽く振り返す。
作業に戻った男達は、
「……あの不機嫌な顔はデヴィン隊長そっくりだ」
頷いた。
町の少し外れに丸太の柵で囲んだ試合場のような場所があった。
囲いの内側は草を取り除いて平らに整えた土だけとなっている。
「訓練なんてしなくたって、オレは十分だって」
「分かってるけどね、戦いの前こそ準備を怠るなってやつさ」
「……」
エルマは口角をへの字にして試合場を睨む。
小さな門を開け、先に入っていくカロルは木刀を寄越すように手を伸ばしている。
「ほらよ」
木刀を投げ渡したエルマは柵を軽々と飛び越えた。
「いいかい、ルールは簡単、木刀を離すか、相手の木刀が体に触れた時点で終わり。実戦はそれで死んだも同然だからね」
「そんなの耳が馬鹿になるぐらい聞いたっての」
「はいはい、じゃあ始めようか」
お互い木刀を構え、エルマは刀身を水平より上に向けて両手で柄を握る。
カロルは片手で持ち、刀身を下げた。右足を前に一歩。
静かに前方を捉えるカロルの澄んだ眼差しが、エルマの寸前まで音もなく迫り、気付いて木刀を斜めに構えて防御の姿勢に入るまでに、頑強な肘が潜り込んだ。
胸部を守る軽装鎧の意味を成さないほどの衝撃に、エルマは食いしばり、木刀を離さないよう必死に握る。
二、三歩下がる間にも容赦なく斜めから振り下ろされる木刀に、今度こそと受け止めた。
表面同士擦れる乾いた音が、山里に響く。
重く、骨が軋むほどの衝撃が指先から肩へと伝わり、踏ん張るエルマの両足が土を掘り返す。
「こっのやろ!」
体の左側を後ろに引いて、重みを往なしカロルの体勢を崩した。が、カロルは空いている手でエルマの襟首を掴み、腰を密着させると、足を払って地面に投げ飛ばす。
背中から落ちたエルマは受け身を取ったものの、痛みに顔を顰め、真上から襲う木刀の切っ先に目を大きくさせた。
「っ!?」
木刀が、ブロードソードに見えた。耳に残る青年の声。
『終わりだ、エルマ』
エルマは強く瞼を閉ざしてしまう。
「何やってんだい? それじゃ簡単に死んじまうよ」
耳に届いたのは呆れ笑い見下ろすカロルの声。
それなのに見えるのは明るめの茶髪に線の細い顔立ちで、説教を始めようとする青年の顔だった。
「…………っ」
エルマは自身の震える喉に、うまく声が出せない……――。
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