第41話 二つか、一つ

 王都の闘技場は真四角、仰げば蒼穹、丸太の柵が試合場であるフィールドの枠を囲う。

 サラサラの砂が敷かれたフィールドは狭く、逃げるには丸太の柵を飛び越えるしかない。

 エルマは観客席を視界に映す。

 王族の人間が五人。険しい表情を浮かべて試合場を見下ろしている。

 護衛部隊の王国兵士が、頑丈な鎧を身に着けて警護にあたる。

 ソフィアはただ冷静に、鋭い深緑の瞳を細くさせた。

「貴女の念願がやっと叶うわね」

「……なんのつもりだよ」

 腕を組み、ソフィアを睨んだエルマ。

「復讐に決まってるじゃない」

 ソフィアは奥の小さな門を指す。開いた門をくぐり、漆黒の鎧を身に着けた、鼻背に一線の切り傷がある男。

 バスタードソードを背負い、ゆっくりと精悍な顔つきで現れた。

「ローグ……」

 眉を顰めてローグを睨むエルマ。

「簡単よ、一騎打ちをするだけ。エルマ、貴女が勝つとは到底思えないけど、勝てたらリリィを見逃す。ただし、王国から出て行ってもらうわ、どこでも好きなところに行きなさい。ローグが勝てば当然、リリィをこの場で私が斬り捨てる」

 背後で悲しみに打ちひしがれている金髪碧眼の少女、リリィ・シグナルは俯いて今も喉を震わせて目に涙を溜めている。

「ローグがこんな条件を呑むわけがねぇ、何を約束した?」

 鼻で笑うソフィアは観客席にいる王族の横に置かれた細長い木製の箱に鼻先を向けた。

「野盗が行商人から奪った、国宝の雷電を渡すこと、あとは村の再興の協力ね」

「……ローグを殺したら、戦争が始まるって話は?」

「あそこで見てる奴らは、ローグが死んだ時点で和平協定なんて破って帝国を攻めるでしょうね」

「胸糞悪りぃ」

「無駄話をしている時間なんてないわ。エルマ、さっさと戦って、死ぬなり殺されるなりされなさい」

「クソが」

 ソフィアに対して吐き捨てた後、鞘を捨てたエルマは不純物の少ない鋼の刀身を眺め、

「親父の無念、オレが晴らしてやる。終わったら返しに行くから待っててくれ」

 語りかけた。

 丸太の柵を飛び越えて、土を踏みしめる。

 背中を見送った後、ソフィアは冷徹な眼差しのまま言う。

「あのクズ……とはいえ貴女の父親であるバーナードを痛めつけ、殺害したのは私よ、リリィ」

「……」

「後ろから首を絞めることだってできるのに何もしないだなんて、随分と甘いのね」

 潤んだ瞳を正面に向け、リリィは眉を下げてソフィアの背中を見つめる。

「私は……」

「生温い言葉を言うつもりならアイリーンのもとへ逝けるように祈ってなさい」

「…………」

 急所を守る軽装の防具を外したエルマは場外へ放り投げた。

 シャツとズボン、ブーツだけとなるエルマに、ローグは一瞬目を丸くさせ、すぐにフッと小さく笑い、漆黒の鎧を外す。

 怪訝な顔をしている王族達のことなど気にせず、二人は身軽なまま得物を手に構えた。

「わざわざ死ぬ確立を高めるなんて、呆れた」

 肩をすくめるソフィア。

 リリィは胸に両手を添え、エルマを碧眼に映す。



「まさかこんな形でお前と一騎打ちになるとはな」

「……」

 ローグの言葉に、何も返さないエルマは切っ先で相手を捉え、静かに睨んでいる。

「エルマ、命を無駄にするなよ」

 合図もなく、ローグはバスタードソードを片手に構え、大きく一歩を踏み出した。

 その動きと合わせて同じく踏み出したエルマ。

 懐へ斬り込もうとしたエルマの手は柄ごと内側から押しのけられ、切っ先は空を向く。

 ローグの膝が、エルマの手首を蹴り、刀は地面に落ちてしまう。

 シャツの後ろ襟を掴まれて、エルマは軽々と持ち上げられた。

 バスタードソードの剣先がエルマの心臓に添えられる。

「こんな呆気ない終わり方で、いいのか? エルマ」

「……」

 それでもエルマはただ静かに、ローグを睨み続けている。

「お前が待ち望んだ復讐、彼女を守る意思、そんなものか?」

「…………の、くだらねぇよ」

 ボソッと呟いた。

 ローグだけに届いた言葉に、小さく笑みを浮かべ、


「まさか、同感だ」

 

 意外とばかりに頷いた。

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